大学選手権準決勝、天理・明治戦。
ほとんどのファンは前半34分、天理の「幻のトライ」があったのを知らないのではないだろうか。
11番ハビリの突進からゴールラインへ迫る。ラックからフッカー佐藤がまず得意の「地面すれすれトライ」を狙うが明治がディフェンス。だがタックルは不成立。で、この後佐藤、ラックサイドの明治ディフェンスを前後左右に反転しながらかわしインゴールに飛びこむ。
判定は「ノートライ」。
この試合、ラグビーファンの観戦方法は3つあった。
もちろん一つ目は秩父宮での生観戦、2つ目はNHKの生中継、3つ目はJスポーツでの中継。
だがテレビ中継はNHKが「「独占生中継権」を得たとみられ、Jスポーツの中継は午後7時半開始と約5時間遅れだった。Jスポーツ契約者たるコアなファンも含め圧倒的多くのファンはNHKの中継のみでこの試合のこの場面を認識していたと思われる。だがNHKの中継ではこの場面のリプレイ映像は流れなかった。したがって圧倒的多数のファンはこの場面での「事実関係」すら知らない。私も知らなかった。

トライ1










一方Jスポーツの中継ではリプレイ映像が流され明確な「トライ」であったことが確認されている。
また秩父宮のスクリーンでもこの映像が流され観客・関係者がその場面を目撃しているという。
この「幻のトライ」を4つの視点から考えてみる。
もちろんレフェリーの「誤審」を責任追求するなどという浅はかな試みではないことはあらかじめお断りしておく。


第一の視点・両校選手

トライした佐藤康はもちろん、天理選手数人、明治選手数人は目の前で「トライ」を確認している。
「目の前」ではなかった他の選手もその数人の当事者たちの言動・表情などで「トライ」を確信したと思われる。もちろん本人からは「確実にグラウンディングした。トライだ」との言質を得ているだろう。
つまり両チーム選手30人はトライを認識していたと思われる。後はレフェリーの判断を待つのみ。

第2の視点 レフェリー

トライ5











「トライ」の瞬間、レフェリーはアシスタントを含め二人ともインゴールとは反対側にしかも並んで位置していた。後から検証すれば明らかなポジショニングミスだ。一人はインゴール側に回り込むべきだった。
だがどんな名選手であれミスはするのと同様、レフェリーだってミスをする。
だからここでレフェリーのこの時のポジショニングを責めようとは思わない。
明治ディフェンスと同様、あるいは我々観戦者同様、佐藤がまさかあの態勢からあんなふうに体をねじってグラウンディングに持ち込むとは予想できなかったのだ。それほどに見事な身のこなし、トライ技術だったというべきだろう。
ただ自分の目で確認できなかったとはいえ、レフェリーもグラウンドの選手たち同様、「トライ」を「認識」したと思われる。
だがレフェリーは「これまでの経験や場の雰囲気」でいくら「トライと認識」していたとしても「目視」していない以上「トライ」を認めるわけにはいかない。ここにジレンマが生まれる。
さらに我々ファンや選手がいくら「レフェリーのポジショニングを責めない」といっても、当事者たるレフェリー本人はそれでは済まないだろう。
「しまった。アシスタントレフェリーともっと連携を取りつつ、もっといいポジショニングがとれたはずだ。一人はインゴール側に回るべきだった。そうすれば自信をもってトライの宣言ができたはずだ」と。
このジレンマはこの後の天理松岡主将への「説明」にも明確に表れている。
「ごめん。グラウンディング、申し訳ない、見えてない、確実には見えてはいないので5mスクラムで。」
2回もの「謝罪」のことばが述べられた。

第3の視点 天理キャプテン松岡


トライ2










この時の松岡主将の「態度」は大学ラグビーの場面としてはちょっと「異様」ともいえるものだった。レフェリーの肩に手を置いて説明を聞いている。国内外のプロサッカーの試合などではよく目にする光景ではあるが大学ラグビーでこんな光景見たことがない。違和感を感じた方も多かったと思う。「無礼」と感じた方も多いのではないか。
しかし私はこう見る。レフェリーへの最大限の敬意・共感であると。
TMOのない試合。レフェリー自身「トライ」をほぼ確信していながら自らのポジショニングミスで「トライ」を認めるわけにはいかない苦しい立場。
松岡は、選手とレフェリーという全く異なる立場でありながらその「苦しい立場」を、「同じラグビーに関わるもの」「ラグビーを愛するもの」「この試合に全身全霊を懸けるもの」としてこの時、関谷レフェリーに同情し共感し思いを共有したのではないか。その思いゆえに「仲間」として思わず肩に手を置いたのではないか。
試合中、この後も松岡主将、レフェリーとコミュニケイション取るたびこのポーズで応える。
後述するようにこの後秩父宮の観客全てが場内スクリーンで「トライ」を認識した中で試合は続行されていたのだ。
解説者は「松岡くん、人懐っこいですからねえ」とかいうが、とんでもない。松岡主将の今年度の天理、関西リーグも含めて何試合もテレビ観戦してきたがレフェリーに対しこんな態度は見た事がない。
間違いなくこの日のこの「事件」を機に取った態度なのだ。そしておそらくこの日限りの。
この試合、このポーズを見るたびに私には松岡主将の心の声が聞こえるようだった。
「関谷さん、さっきのジャッジは気にしないでください。俺も気にしてません。これがラグビーじゃないですか。俺たちそんなこと分かっているラグビー仲間じゃないですか」って。
もちろん私の妄想であるが。


第4の視点 NHK

レフェリーの松岡主将への説明の後、競技場ではどっと歓声があがる。この時にスクリーンにトライシーンが映されたのだろう。レフェリーも選手もこれを見たかもしれない。
だがTMOのない試合。もはや彼らにはそんな映像などなんの意味もない。次のプレイ、次のレフェリングに全力を尽くすのみである。
問題はNHKの姿勢だ。リプレイの映像はこのラック前、天理の11番ハビリがゴール前に持ち込んで負傷するシーンでカット。しかもこの映像、デッドボールライン側からのカメラだ。当然この後には佐藤の「トライ」も映っていたはず。しかしこの重要なシーンは放映しない。
おそらくレフェリーの判定に反する映像は放映すべきでない、との配慮なのだろう。
しかしこの「配慮」は全くの「愚策」と言わざるを得ない。
スポーツ中継は「娯楽番組」であると同時に「スポーツ報道」だ。
目の前の事実を「隠蔽」するような行為が許されるはずがない。
結果、日本中の多くのラグビーファンはこの事実すら知らないまま観戦を終えて現在に至る。

レフェリーの判定は判定、事実は事実、ルールはルール。選手もファンも関係者はそれを認めラグビーに関わる。ラグビーを楽しむ。問題点があれば次に生かせばよい。
NHKに「事の善悪」を判断してもらい「報道を遮断する」ことなど誰も望んでいない。
もちろんラグビーの発展、課題の克服をも阻害する行為である。
と同時に視聴者と選手をも愚弄する行為であると言える。
NHKによってあのスーパープレイは存在しないものになってしまった。


そして改めて両校選手
天理の選手は松岡主将はじめすぐに気持ちを切り替えたように見える。
「すぐにもう一本取ればいいのさ、さあ行くぜ!」
その気持ちはさらに試合への集中力とプレイの質を引き上げたのではないか。
一方明治はどうか。
この「誤審」で「トライ1本得した」などと思えなかったろう。何か「負い目」を抱えたままその後のプレイを続けていなかっただろうか。
実際、この後の5mスクラムで、明治はペナルティ。
天理はSH藤原がタップキックでクイックスタート、あっという間に4番アシベリがトライを奪う。
なんとこの時明治はこの大ピンチに敵に背を向け円陣を組んでいた。
ラグビーの試合ではありえない光景だ。
ゴール前5mで敵ボールペナルティといえば何はさておきゴールラインに並び腰を落として臨戦態勢だ。それなのにこれ。
円陣を組むのは相手がスクラムか「タッチからラインアウト」を選択してからだろう。
明治、明らかに集中力を欠いていた。
トライ4











この「ノートライ」判定は明治の選手にこんな気持ちを持たせたのではないか。
「この試合、僅差の勝利ではだめだ、自分達も周りも納得できない。あのノートライ判定のおかげで勝てたなどと言われたくない、思いたくない。大差をつけねば、
そんな気持ちでプレイをすれば点差という結果ばかりに目が行き目先のプレイが散漫になる。そんな現象が起きたのではないか。
この「集中力の欠如」がその後いつまで影響したのかはわからないが。
ともかくも結果として、点数として5点あるいは7点損したはずの天理が、得したはずの明治よりも「勝つためのマインド」としては有利に働いたことになった。
モノスゴイ「逆転現象」ではある。

そして今後の課題

しつこく繰り返すが私はこの事件、この文章でレフェリー誤審の責任追及をしようなどとは全く思っていない。
ただそれとは別に、今後の課題は関係者皆で考え改善すべきはする、とは強く思う。
まずNHKは事実をちゃんと伝えること。一ディレクターの価値観で事実報道の取捨選択などしてはならない。超一流のプレイを無かったことにしてはならない。視聴者を愚弄してはならない。
次にレフェリーの技術。
先述したようにこの点、改善の余地はいくらでもある。ただ日本のレフェリーたち、日々トレーニングと研究研鑽をかさね、よりよいレフェリングを目指していることはSNSなどでも紹介されている。今回のこの事例も「研究改善材料」として採り上げられ今後のレフェリングに生かされると信じる。
私なぞがとやかく言う問題ではないだろう。
そしてTMO。
日本中全てのラグビー現場でTMOの導入などできるはずがない。
また各地域の大学ラグビーリーグでも導入は難しいだろう。TMOの導入には事実上テレビ局の協力が不可欠だからだ。同一リーグの試合でTMOが適用される試合とそうでない試合が並立するなどというのはやはりまずい。
だが大学選手権では既に去年から決勝のみTMOが採用されている。
であればテレビ中継のある3回戦からの導入も十分可能だ。
花園も同様。全試合Jスポーツのテレビ放映がある。
ただし花園は日程が過密すぎるのが難点か。時にTMOは結構試合時間を長くする。
しかしそんなことはいくらでも改善可能だろう。トライの可否や危険なプレイのみの採用でいい。1大会に数回程度の適用で済むのではないか。
日本ラグビー、まずはできるところからTMOの導入に積極的に取り組んでほしいと思う。
選手達の日頃の努力、高い技術が正当に試合内容・試合結果に反映するために。