おとぶろラグビー夜話

ラグビーに関するあれやこれや。

タグ:ラグビー

ほっかむグッズ「ラグビーねこ」」の第2弾がついに完成。「ゴールキック編」!

ところで第1弾「ラグビーねこ」の売り出しはもう5年前。
この時すでに多くのグッズ、キャラクターを開発しメジャーイベントにも出品し順調にファンを獲得していたアトリエほっかむ
とうきゅうはんず












(写真は東急ハンズのイベントより)
この実績に目をつけた私が「2019ラグビーワールドカップ日本大会」の熱気に乗って「ラグビーモノ」を描くことを提案したのだった。これはウケるぞ。
と、この持ち込み企画を受けてほっかむが描いた下絵がこれ。「こんなんでどうだろう」って。
ラグビーねこ3
私は爆笑。
こ、これは「ほっかむねこ」じゃないぞ。ただのラグビー選手(フォワードか)が「ほっかむねこのお面」をかぶってるだけだ。これを買う人はいないだろうなあ。
ほら、ほっかむねこのラグビーといえばこんな感じじゃん。と私が下絵を提案。
ラグビーねこ下絵
そのうえでボールやスパイク、ユニフォームなどは実物をちゃんと調べて再現すること、と注文をつける。あのころ、ラグビー熱で浮かれた世間では相当ヒドイ絵や画像が出回っていた。ほら、ボールがラグビーのじゃなくてアメリカンフットボールのだったり。
🏈これじゃ「ラグビーねこ」のお客さんとなるラグビーファンや選手は見向きもしない。こんなTシャツ着たくない。
で、私の監修を経てあの「ラグビーねこ」が完成。いろんなグッズに化ける。
ラグビーねこ2らぐびーねこ7らぐびーねこ8
以来、売上は順調だそうで「トイレねこ」と並んで売れ筋の上位を占めているという。
先日もJスポーツのラグビー情報番組「ラグビーわんだほー」で元日本代表二人と記念撮影する一ファンが「ラグビーねこパーカー」を着ていたっけ。
ラグビーわんだほー2
さてこの売れ筋商品、すぐにでも第2弾の企画を、とほっかむから頼まれていたのはもう何年も前。だがずるずると先延ばししてきた。まあ頭の中には案があったのだが下絵にするのがなんか億劫で。
が先日ほっかむが2歳児と2ヶ月児を連れてうちに来たのをきっかけに私も重い腰をあげる。
さらさら。といくつかの案と下絵を描く。描いちゃえばどってことない。何をいままでさぼっていたんだか。
今回はまず一つ、ということで私の希望によりこれを選ぶ。今回は是非これにしたかった。
ほっかむ下絵
こんなアングルのラグビー画像は写真もイラストも今まで無いしね。
あとは第1弾同様、イラストレーターたるほっかむに任せて商品化するだけ。
と思ったら大間違い。
前回のはいわば「ボールを持って走ってる」だけ。私の下絵を「ほっかむ化」するだけで完成だったはず。細部の監修はしたが。
だが今回のこのポーズ、これを2.5頭身のほっかむねこにやらせるにはすげえ無理があることが判明。
このポーズ、ある種の「リアルさ」が必要。一方でほっかむねこの可笑しさ可愛さを損ねては作品・商品としてダイナシ。
肩幅が広すぎちゃいかんし、手足が長すぎてもいかん。もちろん手はしっかりボールに当てがってなきゃいかんし。
一方ボールとキックティの描写にも手こずる。
私もゴールキッカーをしたことはあるが半世紀前はキックティなんか無かった。ボールは地面に穴を掘って立てるか、土をかき集めて盛って立てるかだった。ボールの立て方も垂直に立てるかキッカー側にやや傾けるのが主流。
今はキックティが使われ、しかも各種ある。ボールは尖った部分を前方にかなり傾けるのが主流。これをキックティに載せ正面から見る、という描写がハナハダ厄介。
そんなこんなであちこち1㎜単位の修正をくりかえす。ああでもないこうでもない。
とにかく完成。
と思って改めて見るとなんかキッカーの真剣さに欠ける。なんでだ。
あ、顔がやや斜め向きだ。「ほっかむ絵描き」としてはこのねこ、「ほっぺふっくら」にしたい。で、いつも顔はやや斜め向き。今まで真正面の顔は描いたことが無いという。
あれ、そうだっけ。気が付かなかった。私の描く「パクリほっかむねこ」はいつも正面向きなんだが。
それはともかく。ラグビー目線というかキッカー目線としてはこの場面、ボールの中央線とキッカーの顔は絶対に真正面のゴールポストに向いてなくてはいけない。
でまた手直し。ほっかむ、初めての正面顔を描く。
できた。キッカーのリアルさ真剣さが伝わるぞ。

そんなこんなで「企画会議」は数時間を超える。これはリモート会議では無理だったろうな。
ようやく完成。
ほっかむ11
と思ったらイラストに添える「キャプション」が欲しいと。
前回のは「No Rugby No Life」だった。これはほっかむが考えたもの。あの絵にぴったりだ。
たしかにこういうキャプションが添えられたほうがグッズデザインとして引き立つな。
ただ今回のはこれと同じじゃつまらない。というか作品世界に合わない。さあどうする。
このゴールキッカーの思いにピッタリのキャプション。
やはり英文がいいだろう。
ただここで気をつけなきゃいけないのが「英語の素人」が日本語で考えて乏しい英語知識や自動翻訳とかで作った英文は時にすげえ頓珍漢な大間違いのみっともないものになってしまう、ということ。これはかっこわるい。
でネットで英語の慣用句を漁る。
よっしゃこれだ。YouをIに変えても問題ないだろう。
  Grab a victory!
  I can do it!
さあ完成。
と思ったらネットショップに載せる「商品説明」がほしいと。
なるほど。
しかしまあこれなら日本語でいいんだからあとは考えるだけ。
導入部は私が考える。できたのが
ラグビーワールドカップ、初優勝のかかった決勝。
勝利を決定づける最後のゴールキックを託されたのは〝ほっかむねこ〟だった。
さあ今度こそ完成。あとは「アトリエほっかむ」の商品として売り出すだけだ。
まずはこの5点。

ほっかむパーカーほっかむTシャツほっかむ1
ほっかむ2スマホケース
たくさん売れるといいな。なにしろ今回はだいぶ関わってしまったからなあ。売れなかったら責任感じちゃう。
え?私の取り分?あるいは企画監修料はいくらかって?
もちろんプロである「ほっかむ」からは正当なギャラを支払うという申し出があった。
けど、私はお断りしましたよ。

私にはこのグッズでラグビーが、ラグビーファンが少しでも盛り上がってくれたらそれで充分幸せですから。報酬なんぞいりませんよ。
ほっかむグッズについて詳しくはこちらのリンクへ→ほっかむねこ屋

オススメ記事

昭和47年のラグビーフットボール(ルール編)
マオリ・オールブラックスは民族紛争の世界史に咲く希望の花だ

ペナルティ相当の反則をしてしまった側にとって、アドバンテージの時間はつらい。
タックルして、タックルして、タックルしまくって相手のミスをさそっても、あるいはボールを奪取してもやっとふりだし。
相手ボールのペナルティキックで再開。つまりは「ピンチの再開」。
だが反則された側にも「悩み」がないわけじゃない。
レフェリーがアドバンテージをどこまで取るのか。だ。
攻撃側にとって、残り時間、点差、反則地点によって、状況は異なる。
「さあ、これで思い切った攻撃ができますね」とか、そう簡単な問題じゃない。
できるだけ長くプレイを続行して攻撃を続けたい場合ももちろんあるが、さっさと「ノーアドバンテージ」としてペナルティキック再開をしたい場合もあるのだ。
さっさとペナルティゴール決めて3点取りたい。とか、さっさとロングタッチ蹴って敵陣で自ボールラインアウト再開したい、とか。
だがアドバンテージ判断はレフェリーの専権事項。ゲインメートルや攻撃時間、フェイズ回数などの規定があるわけじゃない。
その時点でアドバンテージがいつまで継続されるのか、チームの方針・戦略に関係なくレフェリーにおまかせするしか無い。
時に攻撃側がさっさとアドバンテージを消してPK再開したい場合、わざとノッコンしたりするのも見かけるがこれはゴクまれ。やっぱラグビー選手としてはわざとでもノッコンとかしたくないし。
で、「ノーアドバンテージ獲得」のためによく使われるのが「無茶なキックパス」。これでノーアドバンテージとなり、PK再開を「獲得」ってわけだ。
こんな「面倒な手続き」をふまないと、選手側としては「ノーアドバンテージ→さっさとPK再開への選択権」など当然無いものだ。
と思っていたが、これを覆す驚きのレフェリングを見た。
   🏉   🏉   🏉

リーグワン第4節〈トヨタヴェルブリッツvs埼玉ワイルドナイツ〉。レフェリーはあの古瀬健樹氏。
ころいんべて31分45秒、Wナイツ陣22m付近でWナイツ11番コロインベテ、古川にハイタックル。古瀬氏直ちに「ハイタックル」と「アドバンテージ」を宣する。
もちろん攻撃を続行するヴェルブリッツ。
この間古瀬氏「スティル・アドバンテージ」とか「まだありますよ」とかの声掛けを続ける。よく見る光景だ。
反則から1分。ヴェルブリッツは連続攻撃を7フェイズ仕掛け、一時は敵ゴール前10mに迫るがこの時点ではまた22mまで戻される。
陣地的には反則地点から前進なし、という局面。一般的にはレフェリーの判断で「ノーアドバンテージ」を宣してもいい場面だ。だがヴェルブリッツはボールを失ったわけではない。ノッコンなどのミスがあったわけでもない。まだ攻撃を継続したいのかもしれない。点差は17点。ぜひトライが欲しい場面ではある。
どうするレフェリー。
ふるせ8と、古瀬氏、この後の声掛けは、
「使いますか?」
えっ?!
「福田さん、どうします?まだいい?」
えええっ!!
「とる?OK?いいね?」
で、ぴ~~。
ええええええ~!!!
古瀬氏、ここでアドバンテージの継続について、なんと目の前にいるヴェルブリッツのSH福田に「相談」して「了承」を求めたのだ。
こんなのは初めて見た。
だがこれは選手としてはありがたい。レフェリーのアドバンテージ判断に悩まされることもないし。
だがこれはルール的に、あるいはレフェリング運用的に「あり」なのか。
それとも古瀬氏個人の「英断」なのか。まさか古瀬氏20歳の「若気の至り」ってことはないだろな。
と、驚きとともにちょっともやもや感が残る私。
   🏉   🏉   🏉

と次節、アドバンテージを巡りまた驚きのレフェリングが。
〈相模原ダイナボアーズvs静岡ブルーレヴズ〉。
がーどなーレフェリーはアンガス・ガードナー氏(オーストラリア)。
65分、相模原陣10mライン超え付近のラックで相模原「ノットロールアウェイ」の反則。ガードナー氏「アドバンテージ」を宣し、静岡側の手を横に挙げる。
と、ここでラックのボールをキープした静岡SHブリン・ホール、ガードナー氏に何か話しかける。そしてうなずく。
と、ガードナー氏直ちに長い笛を吹きその場で「ペナルティ」。
なんとアドバンテージ時間はほぼゼロ。
えええっ!!これもありなのか。
前節の古瀬氏のようにレフェリーから選手に「ノーアドバンテージ」の意向を訊くのではなく、選手から「ノーアドバンテージで即PK再開」の意向を表明する。レフェリーがこれを聞き入れる。
へええ~~。
知らなかった。レフェリングの指針は日々進歩しているのだなあ。
ガードナー氏といえばW杯日本大会でも主審を努めたまさに「世界基準」のレフェリー。
てことは今やこれが「アドバンテージ判断の世界基準」と考えるべきなのだろう。そしてブリン・ホールもその世界基準を承知していた。
てことは前節の古瀬氏のレフェリングも明らかにこの世界基準に沿ったもの、ということなのだろう。
しかしこれはいい。この文の冒頭に書いたように反則した側された側双方に、そして見る側にも「無駄がない」。レフェリーにとってもヨケイな気を使う必要が無くなる。なんといっても「何がアドバンテージか」を判断できるのは攻撃を仕掛ける選手だもの。

   🏉   🏉   🏉
あ、そういえば花園の高校ラグビーの解説席で御所実業監督の竹田寛行氏がぼやいていたっけ。
「あまり長いアドバンテージは、特に1日おきに試合する花園では取ってほしくないんです。体力の消耗激しいですから」
なるほど。だがこんな悩みもこのレフェリングのように「攻撃側選手がアドバンテージ時間、打ち切り時を決定できる」ならあっさり解消だ。
いわばこのレフェリング、だれにとっても「良いことづくめ」。
もっと広く一般的に普及してほしいものだ、と思う。
   
さいとうせきや2と思ったら、5節の花園ライナーズ・東京サンゴリアス戦。
前半39分、ライナーズ反則、アドバンテージの中、ラックでボールをキープしたサンゴリアスSH斎藤が関谷レフェリーと手振りを交えて目配せ、関谷氏直ちに笛を吹きアドバンテージを終わらせPK再開を告げる。
なるほど。アドバンテージを巡るレフェリーと選手のコミュニケーション、既にじわりと広がっているようだ。

2020.1.10
花園決勝。
桐蔭学園ロック青木恵斗のオフロードパスには度肝を抜かれた。

青木1














後半23分。 ボールを受けて突進する青木がゴール前7mでタックルを受けたのは15mライン上、ここで青木は余裕をもって逆手でオフロードパス。このパスを受けたウィング西川の立ち位置は5mラインやや内側。てことはこのパスの「飛距離」は8〜9mってことだ。この長さのラストパスを逆手オフロードで正確に通す。トライにつなげる。
テレビ解説の大西将太郎も唸る。
「ワールドカップが帰ってきましたねえ。」
実際、大学ラグビーでもトップリーグでもこれだけの距離、正確なオフロードを私は見た記憶がない。
代表戦で中村、マフィあたりがたまに見せるまさに「ワールドクラス」のプレイ。
今や高校生ロックがここまでやるのか。それとも青木が突出しているのか。しかもまだ2年生だと?
なんにせよマグレや思いつきでできるプレイではない。
桐蔭では日々、決勝の舞台でもこれだけのプレイができる意識を育み、その練習を積んでいるということなのだろう。
青木2








ボールを受けたウィング西川の動きがその事実を裏付ける。
普通に「いいウィング」なら青木がタックルされたこの瞬間、すかさず青木に寄りラックに参加してボールを確保しようとするだろう。「並のウィング」なら次の展開に備えてライン際で待機、か。ちょっとトロいウィングなら天を仰いで悔しがって終わり。
ところが西川、青木がタックル受けた瞬間には片手をあげて自分の立ち位置を明示、「ボールをよこせ」と合図している。声も確実に出していただろう。
つまりこのプレイ、青木の「超ロング逆手オフロードパス」はチームとして完全に「織り込み済み」なのだ。「桐蔭ラグビーの目指すもの」の大きさを見せつけられたプレイだった。
この瞬間から「花園優勝を狙う高校チーム」にとって「このレベルのプレイ、ワールドクラスのプレイがスタンダードになった」ということでもある。(プレイスタイルは各校あるにしろ)

「日本ラグビーの躍進」というとどうしても「代表の大躍進」ばかりが注目される。
が、このプレイは日本ラグビーが「高校生レベル」でも確実な「大躍進」を遂げていることを証明したと言える。現在進行形で。
この高校生たちが大学あるいはトップリーグへと進み、さらなる成長を遂げる。

私は基本、レフェリー批判とかしない。
やれ「あのスローフォワードを何故とらない」だの「あれはオフサイドだろ」だの。
レフェリーだって人間。ミスもある。それも含めてラグビーだ、って考えだ。
それにTMOがない試合でも、専門家3人が至近距離で3方向から見た判断を、観客席だのテレビ越しだので見て文句言っても意味がない、とも思う。
それはともかく。
ただし、明らかな「ルール運用の誤り」、特に「選手の安全にかかわる危険な事例」とかは見逃すわけにはいかない。
  🏉  🏉  🏉



で、今回取り上げるのは
関東大学ラグビー、日大・法政戦のレフェリング。
前半39分日大・水間がインゴールに飛びこむが法政選手がハイタックルでシンビン。判定は「認定トライ」に。これは妥当な判定だ。
後半1分には同じく水間の爆走に法政の二人が明確なハイタックルの後、水間がトライ。
さらに後半6分にも水間の爆走に法政二人がハイタックル、水間がトライ。
だが後半のこの4つのハイタックルに対し田崎レフェリーはペナルティを一つも取らないばかりか注意も与えなかった。
前半のシンビンを考えれば後半4つのハイタックルは最低でもシンビン、直立して走る水間にダイレクトに首に入った事、水間の首が3回はぐにゃりと曲げられた事、さらに「チームとしての繰り返し」であることを考えれば一発レッドでもおかしくはないプレイだった。4つとも。
ハイタックル2  
















ただ田崎氏にしろ、このプレイが単独で行われたのなら躊躇なくそうした選択をしていたと思う。
何しろ田崎氏は日本協会のA級レフェリー。
協会主催の全ての試合を担当できる日本のトップレフェリーだ。そのくらいの「当たり前の事案」が判定できないわけはない。
実際前半のプレイでは副審と相談の上、躊躇なくシンビン&認定トライを宣している。
だが後半の4つのハイタックルにはあまりにも想定外の事例が重なった。
まず後半1分のハイタックル2連発の時点で前半の法政選手のシンビンが開けていなかった。ここでシンビンあるいはレッドを出せば法政は一気に3人失う。これはちょっとレフェリーとしてためらう。
さらに一つ目のハイタックル時で水間は止まることなく爆走を続ける。当然この時点でアドバンテージを適用していたと思われるがその間にまたもハイタックル。さらに水間は爆走を続けトライに至る。
ここで水間がトライに至らなければ、あるいはハイタックルで負傷でもすれば、あるいは水間の爆走が止まれば、あるいはハイタックルが一人だけ、ならばカードも出しやすかっただろう。そして「認定トライ」と。
だが水間は二人に首を捻じ曲げられながらも爆走を続けトライに至る。
そしてさらに後半6分、依然前半のシンビンが続く中、全く同様の事態がさらに繰り返される。
もはや今さらカードなど出せない状況に陥ってしまった。
水間の、首タックル4連発をも跳ね返す爆走にA級レフェリーの正常な判定も完全に跳ね返されてしまったかのようだ ただしこの判断は田崎氏だけのものではない。2プレイ、4ハイタックルともにアシスタントレフェリー二人も何も助言した形跡は無かった。
つまりはこの判定、田崎氏一人の「ミス」などではなくこの日の審判団3人のものであると言える。
  🏉  🏉  🏉
この判定に問題があった事に異論はあるまい。ただ私なんか先述したように「ちょっとやむを得なかったか」と彼らに「同情」したりもするのだ。
たとえば私がこの試合のレフェリーを務めていたらどうだったのか、と考えてしまう。
私はレフェリーの資格などない。
だが20代とかに練習試合のレフェリーなど随分こなした。
ルールの全てを頭に叩き込んでいた自信はあったし、ソコソコのレフェリー技術だったと自負もしていた。
その時代の、20代のまだ「とんがっていた」私がこの試合のレフェリーを務めていればレッドカード4枚連続とかも平気で出していただろう。
だってレフェリングに求められるのは「正義と公正さと正確さ」だもの。
だが今「大人」になって、この試合のレフェリーをしていたらそうはしなかったのではないか、と思う。「10分足らずでレッド4枚」とかそんなことしたら試合をぶち壊してしまう。両チーム選手、ファン、だれも得をしない。喜ばない。ただ「ルールを遵守した」というだけの判定。
じゃあどうすれば良かったのか。
こうして時間が経てば「より良い対処」を考えることはできる。
「カード4枚」でもなく、「危険なプレイを見過ごす」でもなく。
だがあの瞬間、あの想定外の場面でそんな「べストな判断」を自分ができたとは今も思えない。
  🏉  🏉  🏉 ただ「判定ミスにはやむを得ない事情があったと理解を示す」からと言って「だから何も問題視しない」ってわけにはいかない。
特に今回のケース、単なるオフサイドとかではない「危険なプレイ」だ。水間の首は複数回ぐしゃりと折れ曲がっている。「超危険なプレイ」だ。
一つ間違えば選手生命の危機、あるいは生命そのものの危機だったかもしれないのだ。
そのことを踏まえると、「あのレフェリングを批判する」とかそういう事ではなく、ラグビー界としてしっかりとあの事態、レフェリングに向き合うべきではないのか。今からでも。
  ⚽️  ⚽️  ⚽️
なんて事を考えていたらこんなニュースを目にした。
サッカーのトップレフェリー家本 政明氏が一線を退き多くの 選手・ファンから花道を作って送られた、と。
名レフェリーだったのだろう。
だがこの人、2008年のスーパーカップでは1試合でイエローカード11枚、レッドカード3枚を出して物議を醸すという「武勇伝」を残している。
ここで改めて家本レフェリーのこのケースを振り返ってみる。
もちろんサッカーとラグビーではレフェリングの理念がそもそも違う。文化も歴史も異なる。
サッカーのレフェリーは起こった反則を裁く。いわば裁判官だ。
ラグビーは反則が起こらないように事前にプレイをコントロールする。
いわば交通整理の巡査か。
「そこオフサイド、一歩下がって」とか「タックラー、リリース」とか「ラック成立、ボール放そう」とか。ハイパントが上がれば「FW、まだ動かない」とか。
サッカーではもちろんこんなことはない。「そこ、オフサイド、下がって」なんて絶対に言わない。
そういう意味で家本氏の「イエロー11枚、レッド3枚」のジャッジは「結果」であってレフェリーの責任ではないはず。ミスジャッジでさえなければ。
だがこの試合の後、家本氏はサッカー界で批判にさらされる。「大筋において個々の判定は間違っていない」とされながらも、だ。
家本1  
サッカー協会審判委員長は「十分に試合をコントロールできなかった。選手の信頼を得られなかった」と指摘し、鬼武健二Jリーグチェアマンからは「審判は反省しているはず」、川淵三郎JFAキャプテンからも「問題があったといわざるを得ない」と苦言を呈された。
その後、JFA審判委員会より、ゲームコントロールが悪かったとしてJリーグ試合の「無期限担当割り当て停止」の措置が下された。この措置は「処分」ではなく「冷却期間を置くため」であるとされながらも。
つまりサッカーにおいてもレフェリーは単に反則を裁くことだけでなく「ゲームをコントロールすること」「選手の信頼を得ること」が重要視されているという事だ。この点においてはラグビーと全く同じと言える。 

ただここで取り上げたケースにおいては家本氏が「ルールを厳格に運用しすぎた」のに対し、田崎氏の場合「ルールの運用を曖昧にしすぎた」と正反対ではあるが。 ただ「問題のあるレフェリング」という共通項はある。
「家本事件」ではサッカー界あげて「問題解決」に取り組んだ。
協会、リーグ、審判部が声明を出し再発防止に対策をとった。
  🏉  🏉  🏉





だがラグビー界は今回の「問題のあるレフェリング」について何ら動きが報じられない
 サッカーの「家本事件」と同様、ラグビー協会の審判部として、さらには協会としてあの「事件」に正面から向き合い「あのケースでレフェリーはどうすべきだったのか」の指針を提示し、必要ならばレフェリーへの何らかの措置も含め今後に備えるべきではないのだろうか。 さらに「あの措置」が「ルール上の不備」によるものであるなら、「ティア1国」としてワールドラグビーにルール改正を提案する、という事も必要だ。果たして現行ルールは今回の事例のように「危険なプレイによるアドバンテージ中に複数回危険なプレイが繰り返されトライに至る」という事態が想定されているのか、とかだ。ワールドラグビーへの提案が間に合わなければ「国内ルールの改定」も想定するとか。
もちろんラグビーメディアにもあの「事件」にはもっと注目して「問題視」してほしい。
が私の知る限りそうした報道は全くない。
旧トップリーグでは試合中レッド判定が出なかったケースでも後日審判部として試合を見直し、レッド相当のプレイについて「3試合出場停止」」などの処分が下され公表されたことも複数回あったように記憶している。
今回そのような動きも全くないようだ。もちろん大学選手権を逃した法政の選手にとってはあの試合が今年度の最終戦。今さら「出場停止」など求めるものではないが名目だけでも「レッドカード」相当であった事を公式に伝えるぐらいの措置はあってしかるべきだろう。
  ⚽️  ⚽️  ⚽️
ちなみにサッカーの家本氏本人が後に述懐したところによれば、この時の状況について「(その年の最初のJリーグ公式戦であり、シーズンにおける)『判定基準』を示そうと気負い過ぎた」「(選手のやろうとしていることに向き合わず)『判定の正確さ』だけを追求しようとした」「『競技規則』に囚われすぎて柔軟さが足りなかった」と認め、「自分の未熟さ、浅はかな考え方、偏った価値観が招いたもの」と結論づけている。
実は家本氏、この後も何回か「問題のレフェリング」はあったという。だがその都度「協会として、Jリーグとして」問題に向き合い対処してきた。
こうした経験と反省を踏まえ家本氏は「名レフェリー」としてファン・選手に愛され惜しまれつつ今回一線を退いた。そして今、家本氏はレフェリングについて言う。「フットボールは美しい。そういう世界をつくりたかった。」
確かに「事件」当時の彼のレフェリングは「サッカーの美しさ」を伝えるものではなかったろう。
家本氏をこのように変えたのも、当時のサッカー関係者がその「事件」と真摯に向き合い一つの「方向性」を示した賜物であると言えよう。
同時にサッカー文化がさらに日本に開花する礎になった「事件」であると言えるかもしれない。

家本2















  
🏉  🏉  🏉
さてラグビー。
代表もW杯での活躍により一般国民の注目も飛躍的に高まった。
そして来年早々には「リーグワン」が開幕。 ラグビー文化が真に日本に根付く正念場だ。
ここで今回の「問題のあるレフェリング」をラグビー界としてしっかり向き合い、掘り下げてレフェリング技術の向上に努めるのか、今後のラグビー文化の発展の礎にするのか。 「ラグビーの美しさ」をより多くの人たちに伝える準備は万全なのか。
それともあの「ハイタックル4連発は無かった事」としたあのレフェリングについてラグビー界は、今のまま、あいまいなままで済ませてしまうのだろうか。 レフェリー道具

大学選手権準決勝、天理・明治戦。
ほとんどのファンは前半34分、天理の「幻のトライ」があったのを知らないのではないだろうか。
11番ハビリの突進からゴールラインへ迫る。ラックからフッカー佐藤がまず得意の「地面すれすれトライ」を狙うが明治がディフェンス。だがタックルは不成立。で、この後佐藤、ラックサイドの明治ディフェンスを前後左右に反転しながらかわしインゴールに飛びこむ。
判定は「ノートライ」。
この試合、ラグビーファンの観戦方法は3つあった。
もちろん一つ目は秩父宮での生観戦、2つ目はNHKの生中継、3つ目はJスポーツでの中継。
だがテレビ中継はNHKが「「独占生中継権」を得たとみられ、Jスポーツの中継は午後7時半開始と約5時間遅れだった。Jスポーツ契約者たるコアなファンも含め圧倒的多くのファンはNHKの中継のみでこの試合のこの場面を認識していたと思われる。だがNHKの中継ではこの場面のリプレイ映像は流れなかった。したがって圧倒的多数のファンはこの場面での「事実関係」すら知らない。私も知らなかった。

トライ1










一方Jスポーツの中継ではリプレイ映像が流され明確な「トライ」であったことが確認されている。
また秩父宮のスクリーンでもこの映像が流され観客・関係者がその場面を目撃しているという。
この「幻のトライ」を4つの視点から考えてみる。
もちろんレフェリーの「誤審」を責任追求するなどという浅はかな試みではないことはあらかじめお断りしておく。


第一の視点・両校選手

トライした佐藤康はもちろん、天理選手数人、明治選手数人は目の前で「トライ」を確認している。
「目の前」ではなかった他の選手もその数人の当事者たちの言動・表情などで「トライ」を確信したと思われる。もちろん本人からは「確実にグラウンディングした。トライだ」との言質を得ているだろう。
つまり両チーム選手30人はトライを認識していたと思われる。後はレフェリーの判断を待つのみ。

第2の視点 レフェリー

トライ5











「トライ」の瞬間、レフェリーはアシスタントを含め二人ともインゴールとは反対側にしかも並んで位置していた。後から検証すれば明らかなポジショニングミスだ。一人はインゴール側に回り込むべきだった。
だがどんな名選手であれミスはするのと同様、レフェリーだってミスをする。
だからここでレフェリーのこの時のポジショニングを責めようとは思わない。
明治ディフェンスと同様、あるいは我々観戦者同様、佐藤がまさかあの態勢からあんなふうに体をねじってグラウンディングに持ち込むとは予想できなかったのだ。それほどに見事な身のこなし、トライ技術だったというべきだろう。
ただ自分の目で確認できなかったとはいえ、レフェリーもグラウンドの選手たち同様、「トライ」を「認識」したと思われる。
だがレフェリーは「これまでの経験や場の雰囲気」でいくら「トライと認識」していたとしても「目視」していない以上「トライ」を認めるわけにはいかない。ここにジレンマが生まれる。
さらに我々ファンや選手がいくら「レフェリーのポジショニングを責めない」といっても、当事者たるレフェリー本人はそれでは済まないだろう。
「しまった。アシスタントレフェリーともっと連携を取りつつ、もっといいポジショニングがとれたはずだ。一人はインゴール側に回るべきだった。そうすれば自信をもってトライの宣言ができたはずだ」と。
このジレンマはこの後の天理松岡主将への「説明」にも明確に表れている。
「ごめん。グラウンディング、申し訳ない、見えてない、確実には見えてはいないので5mスクラムで。」
2回もの「謝罪」のことばが述べられた。

第3の視点 天理キャプテン松岡


トライ2










この時の松岡主将の「態度」は大学ラグビーの場面としてはちょっと「異様」ともいえるものだった。レフェリーの肩に手を置いて説明を聞いている。国内外のプロサッカーの試合などではよく目にする光景ではあるが大学ラグビーでこんな光景見たことがない。違和感を感じた方も多かったと思う。「無礼」と感じた方も多いのではないか。
しかし私はこう見る。レフェリーへの最大限の敬意・共感であると。
TMOのない試合。レフェリー自身「トライ」をほぼ確信していながら自らのポジショニングミスで「トライ」を認めるわけにはいかない苦しい立場。
松岡は、選手とレフェリーという全く異なる立場でありながらその「苦しい立場」を、「同じラグビーに関わるもの」「ラグビーを愛するもの」「この試合に全身全霊を懸けるもの」としてこの時、関谷レフェリーに同情し共感し思いを共有したのではないか。その思いゆえに「仲間」として思わず肩に手を置いたのではないか。
試合中、この後も松岡主将、レフェリーとコミュニケイション取るたびこのポーズで応える。
後述するようにこの後秩父宮の観客全てが場内スクリーンで「トライ」を認識した中で試合は続行されていたのだ。
解説者は「松岡くん、人懐っこいですからねえ」とかいうが、とんでもない。松岡主将の今年度の天理、関西リーグも含めて何試合もテレビ観戦してきたがレフェリーに対しこんな態度は見た事がない。
間違いなくこの日のこの「事件」を機に取った態度なのだ。そしておそらくこの日限りの。
この試合、このポーズを見るたびに私には松岡主将の心の声が聞こえるようだった。
「関谷さん、さっきのジャッジは気にしないでください。俺も気にしてません。これがラグビーじゃないですか。俺たちそんなこと分かっているラグビー仲間じゃないですか」って。
もちろん私の妄想であるが。


第4の視点 NHK

レフェリーの松岡主将への説明の後、競技場ではどっと歓声があがる。この時にスクリーンにトライシーンが映されたのだろう。レフェリーも選手もこれを見たかもしれない。
だがTMOのない試合。もはや彼らにはそんな映像などなんの意味もない。次のプレイ、次のレフェリングに全力を尽くすのみである。
問題はNHKの姿勢だ。リプレイの映像はこのラック前、天理の11番ハビリがゴール前に持ち込んで負傷するシーンでカット。しかもこの映像、デッドボールライン側からのカメラだ。当然この後には佐藤の「トライ」も映っていたはず。しかしこの重要なシーンは放映しない。
おそらくレフェリーの判定に反する映像は放映すべきでない、との配慮なのだろう。
しかしこの「配慮」は全くの「愚策」と言わざるを得ない。
スポーツ中継は「娯楽番組」であると同時に「スポーツ報道」だ。
目の前の事実を「隠蔽」するような行為が許されるはずがない。
結果、日本中の多くのラグビーファンはこの事実すら知らないまま観戦を終えて現在に至る。

レフェリーの判定は判定、事実は事実、ルールはルール。選手もファンも関係者はそれを認めラグビーに関わる。ラグビーを楽しむ。問題点があれば次に生かせばよい。
NHKに「事の善悪」を判断してもらい「報道を遮断する」ことなど誰も望んでいない。
もちろんラグビーの発展、課題の克服をも阻害する行為である。
と同時に視聴者と選手をも愚弄する行為であると言える。
NHKによってあのスーパープレイは存在しないものになってしまった。


そして改めて両校選手
天理の選手は松岡主将はじめすぐに気持ちを切り替えたように見える。
「すぐにもう一本取ればいいのさ、さあ行くぜ!」
その気持ちはさらに試合への集中力とプレイの質を引き上げたのではないか。
一方明治はどうか。
この「誤審」で「トライ1本得した」などと思えなかったろう。何か「負い目」を抱えたままその後のプレイを続けていなかっただろうか。
実際、この後の5mスクラムで、明治はペナルティ。
天理はSH藤原がタップキックでクイックスタート、あっという間に4番アシベリがトライを奪う。
なんとこの時明治はこの大ピンチに敵に背を向け円陣を組んでいた。
ラグビーの試合ではありえない光景だ。
ゴール前5mで敵ボールペナルティといえば何はさておきゴールラインに並び腰を落として臨戦態勢だ。それなのにこれ。
円陣を組むのは相手がスクラムか「タッチからラインアウト」を選択してからだろう。
明治、明らかに集中力を欠いていた。
トライ4











この「ノートライ」判定は明治の選手にこんな気持ちを持たせたのではないか。
「この試合、僅差の勝利ではだめだ、自分達も周りも納得できない。あのノートライ判定のおかげで勝てたなどと言われたくない、思いたくない。大差をつけねば、
そんな気持ちでプレイをすれば点差という結果ばかりに目が行き目先のプレイが散漫になる。そんな現象が起きたのではないか。
この「集中力の欠如」がその後いつまで影響したのかはわからないが。
ともかくも結果として、点数として5点あるいは7点損したはずの天理が、得したはずの明治よりも「勝つためのマインド」としては有利に働いたことになった。
モノスゴイ「逆転現象」ではある。

そして今後の課題

しつこく繰り返すが私はこの事件、この文章でレフェリー誤審の責任追及をしようなどとは全く思っていない。
ただそれとは別に、今後の課題は関係者皆で考え改善すべきはする、とは強く思う。
まずNHKは事実をちゃんと伝えること。一ディレクターの価値観で事実報道の取捨選択などしてはならない。超一流のプレイを無かったことにしてはならない。視聴者を愚弄してはならない。
次にレフェリーの技術。
先述したようにこの点、改善の余地はいくらでもある。ただ日本のレフェリーたち、日々トレーニングと研究研鑽をかさね、よりよいレフェリングを目指していることはSNSなどでも紹介されている。今回のこの事例も「研究改善材料」として採り上げられ今後のレフェリングに生かされると信じる。
私なぞがとやかく言う問題ではないだろう。
そしてTMO。
日本中全てのラグビー現場でTMOの導入などできるはずがない。
また各地域の大学ラグビーリーグでも導入は難しいだろう。TMOの導入には事実上テレビ局の協力が不可欠だからだ。同一リーグの試合でTMOが適用される試合とそうでない試合が並立するなどというのはやはりまずい。
だが大学選手権では既に去年から決勝のみTMOが採用されている。
であればテレビ中継のある3回戦からの導入も十分可能だ。
花園も同様。全試合Jスポーツのテレビ放映がある。
ただし花園は日程が過密すぎるのが難点か。時にTMOは結構試合時間を長くする。
しかしそんなことはいくらでも改善可能だろう。トライの可否や危険なプレイのみの採用でいい。1大会に数回程度の適用で済むのではないか。
日本ラグビー、まずはできるところからTMOの導入に積極的に取り組んでほしいと思う。
選手達の日頃の努力、高い技術が正当に試合内容・試合結果に反映するために。


いや〜、京産大のフッカー宮崎はいい。楽しい。嬉しい。(2019.11月)

宮崎達也













同志社戦、まずは30分の逆転トライ。小さいけどフッカー体型のいいランナーだな、ってところ。

だが画面表示を見て驚いた。えっ!162㎝!で、93㎏。

きょ、京産大の強力フロントローが162㎝だと!

93㎏だって今やフロントロウとして決して大きくはない。

こ、これはすごい。と、その後やや注目して見る。このちっちゃい体、テレビ画面に居さえすればすぐにその存在がわかる。

と、これが想像以上のスゴだま。

自ボールのブレイクダウン時、基本ファーストレシーバーの位置に立つ。で、ボールを受ければ当然頭から突っ込み次の展開への起点となる。

だが宮崎、それだけではない。しばしば堀江ばりに裏ラインへの華麗なパス、あるいはステップで数人かわしてのパス。

ブレイクダウンでノーハーフになればすぐにハーフの位置に入り正確なパスアウト。

ディフェンスラインに立てばマークへの的確な「指差し確認」!

さらにこぼれ球を拾うやバックスへ股下パス。

仕上げは52分。

敵陣ゴール前7m。ラインアウトでボールを投入。モールを作る。最後尾にボールを持った宮崎が着く。フッカーの役割だ。

モールを押す。ショートサイドに3人いたディフェンスが一人また一人とモールに加わる。その瞬間を見届けてのサイド攻撃。一人残った敵バックスめがけて走る。で引きつけて味方14番へ絶妙のフィニッシュパス。

うっほー、こいつ何者なんだ。

恥ずかしながらこいつの存在、今日まで知らなかった。

しかしこれだけ小さいと、スクラム時のバインドでも通常の「フッカーが両プロップの上手を組む」って形には無理があるだろう、と思ったらやはり3番側は「下手」をとっていた。

ふむふむ、納得。

いやそもそも我々シロウトにとって「フロントロウのバインドの位置」なんて普段、気にも止めない。そこに気をとめせたのも宮崎のおかげか。
(追記・このフッカー下手バインドは「宮崎スペシャル」ではなく、「京産大スペシャル」だそうです)

いつしか私は宮崎を中心に試合を追っていたのだった。

あらゆる局面において,、今宮崎はどこでどうしてるんだ、と。

こんな気にさせるフッカーといえば、まあ堀江は別格としてもタイプは違うが三菱重工相模原の安江と、数年前流経大の副将だった、植村ぐらいか。彼もすごかった。的確なロングパス一本で相手を抜き去る。まあ自分のランで好機を作るタイプではなかったが。彼、その後どうしているんだろう。トップリーグでの活躍を見たかったのだが。

それはともかく。

前半20分までスクラムばっかり、さらには組み直しばっかりの、見る側としてはヒドイ試合展開にうんざりしていたら、すげえ面白い試合になった。いやもちろんその後の試合内容はよかった。個の力で勝る同志社とこれを止める京産、いいトライにいいディフェンス。つまらない反則もなかったし、間違いなく「熱戦」だった。

しかし私にとってはやはり「宮崎の試合」。
後で知ったのだが宮崎、もともとスクラムハーフだったとか。なるほど。

マンオブザマッチには宮崎のパスからを含む2トライの14番堀田、まあ順当ではあるが私が選べば断然宮崎。

次の試合、さらには大学選手権での活躍も楽しみだ。


【続報】(2020.6月)
この宮崎がトップリーグの「サニックス」に入団した。

さすが宮崎1
いやさすがサニックスというべきか。
私、大絶賛の宮崎だが、トップリーグ入りはちょっと難しいとは思っていた。
で、サニックス。
言われてみれば宮崎、まさにかつてのサニックスのラグビーだ。よく走り、ポジションに関わらず近い者がするべきことを的確にこなす。
サニックスの「独特な人材発掘」の伝統は脈々と生きているなあ。
創業社長の宗政伸一氏亡き後も、藤井雄一郎監督部長が退いた後も。
それにしても今年のサニックス、FWにライアン・宮崎・ムーア・福坪・ボスアヤコ、ハーフ団は藤井ジュニアに小野、BKにはベネット・今村・ヘスケス・レメキ・屋宜。
ついに「降格争いの常連」から脱出だ。
いやひょっとして優勝を狙えるメンバーか。



トップリーグは「日野レッドドルフィンズ」所属選手の「違法薬物逮捕」を受け、3月中24試合の中止を決定。「再発防止のための教育」のためという。「新型コロナ」との関連は明確に否定された。
ファンもチームもリーグも、誰にとっても不幸な今回の決定。どうしてこんな事になってしまったのか。
日野












日野は本来「被害者」の立場だった

そもそもの間違いは「彼」の違法薬物犯罪が発覚した時点での日野の対応だ。
企業スポーツには「広告塔」の側面がある。選手一人一人、特にプロ選手は「広告塔」を形成する者であり広告の出演者であるとも言える。
その広告塔が「犯罪・不祥事」を起こした場合、企業は当然「被害者」の立場となる。彼の犯罪のせいで「企業イメージ」が大きく損なわれたのだから。
CMの場合、出演者が「犯罪・不祥事」を起こせば企業イメージに多大な損害を与えるだけでなく「新CMの制作」など当面の実害も生ずる。
このため企業側はこうした場合、出演者側に損害賠償を請求するのが常識となっている。契約書にその旨、記されていなくても「損害が立証されれば」賠償は認められる。
日野も「広告塔の犯罪」にこうした対応をとるべきだった。
実際、普通に考えて日野・協会関係者ともにこの一報を聞いた時は思ったはずだ。
「なんて事をしてくれた!どうしてくれる!」
この「被害者意識」こそ正しい。

(実際に彼を訴えて損害を賠償させることができるのかは不明だ。多分こういうケースは前例がない。ただこの初動での声明は「裁判に勝利すること」が目的ではない。日野が自らの立場を世間に毅然と表明することなのだ。
たとえ社員選手であれ、業務上の犯罪ならともかく、その私生活上の犯罪に企業はなんら責任がないこと、も含めて)

日野の「活動自粛」が意味するもの
ところが日野はまず「お詫び」と「無期限活動自粛」を表明してしまった。
この時点で日野は「被害者」ではなく「共犯者」の立場を自ら選んでしまったと言える。
もちろん協会も含め内外から「日野の責任と反省」を求める声もあったのだろう。だがこれは毅然と拒否するべきだったのだ。自らが「被害者」であることを正面から論理的に説明すべきだった。
もちろん「被害者」とはいえチーム内において「共に活動する時間が多かった」と推測される「人脈」がある以上、捜査に全面協力する「社会的責任」は存在する。だがその場合の名目は「活動自粛」などではなく「捜査協力のための活動休止」がいいとこだろう。私の感覚では活動休止も必ずしも必要ではなかった。単に「捜査に全面協力」を表明するだけでよかった。
この「日野の決定」についてはもちろんその先例となったトヨタの決定も大きい。個人犯罪について「チームとしての反省と活動自粛」をこの時ラグビー界は容認してしまったのだ。

日野の「共犯者声明」により、「彼個人の犯罪」は「日野ラグビーの問題・責任」となる。こうなると話は悪い方にとんとん拍子だ。
彼個人の犯罪が日野ラグビーの問題・責任である以上、これはラグビー界の問題・責任となり、当然トップリーグも共犯者・責任者としての声明を発することとなる。「リーグの活動休止と反省の表明、教育の徹底」を表明する事になった。これが今回の決定だ。

(短期間に3人のトップリーグ選手が違法薬物で逮捕された事は「異常事態」ではあると私も思う。私が調べた限りではプロ野球やJリーグでは現役選手が違法薬物で逮捕された例などないのだ。(ドーピングは除く)
「新型コロナによる休止期間」で、できうる限りの「再発防止策」を講じる事には全く異論はない。ただその事と、選手・ファンに犠牲を強いる「試合中止」は全く別次元の問題である。)

そもそもこれは「ラグビー精神」で解決すべき問題ではないのだ
「危機管理は初動で決まる」とも言われる。本来「被害者」である立場を自ら放棄して「反省・自粛」など表明すればあとはもうぐしゃぐしゃ。
絵に描いたような「危機管理の初動の失敗例」である。
日野の関係者も協会幹部も「崇高なラグビー精神」を以って「社会への責任感・正義感・倫理観」を考え「真面目に」事に当たったのだろう。
「空前のラグビー人気」がその純粋な思いに拍車をかけたかもしれない。
だが危機管理の素人が「純粋さ」だけでこうした困難に向かい対応を誤れば結果はかくも悲惨だ。
なんの罪も落ち度もない一般選手はラグビーをする権利を奪われ、ファンはラグビーを観戦する楽しみを奪われ、協会・リーグは収益を奪われた。
のみならずラグビー界のイメージダウンは避けられない。
何しろ「薬物汚染はラグビー界の問題である」事を自ら表明したのだから。
誰にとっても良いことなど一つもない結果だけが残った。
スクリーンショット 2020-03-12 13.29.17この決定は太田チェアマン(写真)、森会長、岩淵専務理事の3人で行われ、異論はなかったという。
もちろん3人とも代表歴のある「元名選手」。だが「大組織の危機管理の専門家」などではない。

今回の反省を踏まえ、今後のため、まずできること。
「危機管理の専門家」を協会内に置くことだ。少なくともこうした場合「普通の弁護士」にだけでも相談していたらこうした事態は避けられたのだと思う。
「新型コロナ」が収まれば今季もトップリーグは続く、さらに新リーグへと続く。
今後またなんらかの犯罪者が出るたび、
間違った「ワンチーム精神」を発揮して「ラグビー界としての反省」「選手教育のため試合休止」など繰り返されるのはカンベンして欲しいのだ。

〈追記〉この問題を考えるにあたり「危機管理」という切り口でヒントを与えてくれたのはOさんでした。お礼申し上げます。この文章がOさんの意と沿うものであったかはわかりませんが。

満員










ラグビー人気爆発!
しかし競技場により、ばらつきがあるのが気になる

第6節終了。
が、「新型コロナ」でひと休み。
これまでは空前の観客数でラグビー人気爆発!
という喜びがある一方、「いやいや人気など爆発していない。5節では長居に2万人入っても神戸ユニバには5千人しか入っていない。王者神戸製鋼の試合であるにもかかわらず。」って声もある。まあかつてなら5千人入れば上出来だったが今やそれでは喜べないのも事実だ。さらには「夢の島」2試合や「相模原ギオンス」では2千500〜3千500人。人口4千万首都圏でこの数字は確かに少ない。
だがこれをもって「ラグビー人気に早くも翳りか」ってのもどうか。
とはいうものの、この現象の原因は考える必要がある。日本に真の「ラグビー文化」が根付くためにも。

「プロ野球人気爆発」はいつからなのか

日本における「人気スポーツ」といえば何といっても野球。見るのもプレイするのも、長く圧倒的人気を誇ってきた。
プロ野球は戦後一貫して日本の「国民的スポーツ」だった。
・・と思われがちだが実はそうでもない。少なくとも「見る」ことについては。
以前は、特にパ・リーグの試合などは内外野ガラガラで、スタンドではアベックがいちゃついてる映像が「プロ野球ニュース」で抜かれたりしていたもんだ。
川崎球場野球そっちのけで「流しそうめん」やるやつもいた。(写真)
日本シリーズですら「阪急・巨人戦」など西宮球場のスタンドは空席だらけ。
こうした事情はセ・リーグでも実はそう変わらなかった。
巨人戦だけは満員だったりしたがそれ以外は。まあパ・リーグよりはマシ、という程度の観客数だった。日本中どこへ行っても子供達の野球帽はYGマーク。それしか売っていなかった。(いや大阪がどうだったのかはしらないが)
この頃は「球団経営」は「収益など期待すべきものですらなく、社会貢献である」とまで言われたものだ。もちろん球団経営者に。

こうした「巨人におんぶに抱っこ」状態を脱却させたのがパ・リーグ球団による「地域密着戦略」だった。
1978年、経営不安定だったライオンズを西武が買収、埼玉への移転、西武球場建設を皮切りに、ダイエー(現ソフトバンク)が福岡に、ロッテが千葉に、日本ハムが北海道に、そして「新球団・楽天」が仙台・東北に拠点を構え、かつ各球団が事実上の「専用球場」を持つ。
それぞれの「移転」には当時「それは無理だ」との危惧も強かった。だがやってれば大成功。すべての球団が地域密着を進め、ファンサービスに努め、観客数を増やし「収益」を上げ、「地域の文化」となった。
これに伴いセ・リーグも「地域密着」を志向。球団の移転はなかったものの、各球団はそれまでなかった「地域名」を球団名に付ける動きが加速する。
カープ女子「東京ヤクルトスワローズ」「横浜DNAベイスターズ」。中日、阪神はまあもともと「地域名」的な名前ではあったか。
もちろん元祖は広島の「赤ヘル旋風」。
セ・リーグ球団の地元市民もパ・リーグファンの盛り上がりに気づいたはずだ。
「地元チームを応援するって楽しい!!」
いや地元でなくてもいい。
「ひいきチームを決めて応援するのって楽しい!」
こうした流れの中で現在の「プロ野球大人気状態」がある。

野球帽はもちろん応援チームのものをかぶる。

Jリーグが日本に新しい「スポーツ文化」をもたらした。
その後発のプロ球技、Jリーグは発足当初からこうした地域密着理念を掲げた。初年度参加クラブは、現存するチームの「実績」よりも「各地域分散路線」をリーグが主導、というか川淵氏主導で推進。そのあおりを食って、実績はあるものの他クラブとホームが重なるヤマハ(後のジュビロ磐田)・ヤンマー(セレッソ大阪)・日立(柏レイソル)・フジタ(後の湘南ベルマーレ)、は初年度Jリーグ落選。一方なんの実績もない鹿島や清水がJの「オリジナル10」となる。
当時は「落選組」からは相当不満が噴出したはずである。
しかしあれから27年、茨城の人口4万5千の田舎町だった鹿島は今や有数のサッカータウン、収益は70億円という。
またプロ野球が12球団固定、一時は縮小案まで出ていたのに対し、Jリーグは拡大路線。
どんな小さな町でも「身の丈」でクラブ運営し。成功する実績を作ってきた。
クラブ数はJ3まで、北海道から沖縄まで54を数える。
設立当初「夢物語」だった「Jリーグ100年構想」にある「日本全国に100クラブ」も見えてきた。
各クラブにはジュニアクラブの設置が義務付けられ、女子クラブの運営も推奨される。
各会場では代表選手がいなくても、優勝争いに関係なかろうとも、代表が思うような結果が出せなくても、サポーターで埋まる。
日本における「スポーツ文化」を今までにない形で開花させた。
スクリーンショット 2020-03-01 20.47.54








(写真はJ3のさらに下、JFL・FC今治の満員の観客席。今治タオルがはためく)
もちろんさらに後発のbリーグもこの路線を行き、順調な成長を見せている。

「おらが町のクラブ」で日本に「ラグビー文化を」
で、ラグビーである。私は間違いなく今「ラグビー人気の爆発」であると思う。
だが冒頭で記したように観客の入りはばらつきがある。これでは「日本の文化」になったとは言えない。
もはや理由は言うまでもないだろう。
ラグビーファン人口は確実に増えた。日本人の多くが「ラグビーの面白さ」に気づいた。が、私も含め「ただのラグビーファン」は好カードに流れる。まして同地域で「優勝争い」のカードと「下位争い」あるいは「勝敗の見えたカード」が重なれば当然「ただのラグビーファン」は「優勝争い」を見に行く。
冒頭で紹介した、第5節の試合で観客数「2万人前後」から「数千人」の差はまさにこの表れである。
ラグビー人気の「爆発」から「定着」へ、「どの会場もファンで溢れる」状態を産むには、「おらがチーム」のファンの開拓・定着が欠かせない、ということだ。
各試合、現状のような「協会・リーグ主催」「1会場2試合」などを続けていてはその「理想」は遠ざかるばかりである。
そのための基本路線となるのが「地域密着」と「チーム主体の試合開催」。

「プロリーグ」とは何か
来たる「新リーグ」。ラグビー人気定着のためにも、私はぜひ「プロリーグ」としてスタートしてほしい。
反町だが「プロリーグ」の定義は必ずしも「全選手のプロ契約」などではない。Jリーグも当初は「社員選手」が複数いた。のちに複数のクラブ、五輪代表などで監督を歴任し、手腕を発揮する反町康治(写真)だってはじめは全日空の「社員選手」だった。
(ただしプロ契約を望む選手には希望が叶えられる環境は整備してほしい)
そんなことよりも「プロリーグ」の定義は「各クラブが各試合を主催・運営し収益をあげること」だ。
「収益を上げるため」にファンサービスを考える、ファンクラブを充実させる、地元ファンと一体となったクラブ作りを進める。地域自治体との協力を強化する。そのやり方は地域の特性、クラブの特徴に合わせ様々であることが求められる。「協会・リーグ主催」ではこれができない。だからこそのプロリーグ。
こうした「成功しているプロリーグでは当たり前」のことを「ラグビー新リーグ」でも展開すれば、ラグビーも、「スター選手の有無」「代表の活躍」「優勝争い」に関わりなく各会場ファンがつめかけるのは確実であると言える。たとえ隣の会場でスター選手たちが「優勝争い」を繰り広げていても、「自分のチーム」の応援に行く、好きな選手を追っかける。

さらにはクラブ数の拡大。日本中でラグビーファン、ではなく各クラブファンが各会場に詰めかける」「おらが街のクラブを応援する」
「プロラグビーチームなんか都会でなけりゃ無理さ」
そんな声も聞かれる。そんなことは絶対にない。鹿島アントラーズを見よ。他のJクラブ、bクラブを見よ。今までサッカーとかバスケとか見たことない地元のおっちゃん・おばはんが孫を連れて地元チームの応援に行く。
日本にはまだJbもない中小都市がいっぱいある。新ラグビーチームが参入する余地はいくらでもある。もちろんJbと重複したって構わない。

新リーグの参入要件、これだけは死守せよ

来る「新リーグ」の参入要件には幸い以下の項目が上げられている。
・チームが「事業機能」を持つこと。
・チーム名に地域名を入れること。
・ホームエリアを持つこと。
・2023年までに1万5千人収容のホームスタジアムを確保する。そのためチーム・協会・リーグが支援する。

欲を言えばこれに「下部組織(ジュニア・女子チーム)の運営」も入れたいところだがまあとりあえずはいい。今のトップリーグチームや大学クラブにはジュニアチームを運営しているところも少なくないようだ。自主的にできているなら「参入要件」に入れる必要もない。
私はこれで充分であると思う。これができれば立派な「プロリーグ」だ。
(この概要が発表された後、記者から「これはプロリーグですか」と質問された岩淵専務理事、「それはプロリーグの定義によりますが・・」と答えたという。
これはいけない。新しいものを始める時リーダーが曖昧な物言いをしてはいけない。きっぱりと「プロリーグです」と言うべきだった。上記の理由を掲げて。)

ただしこのうち一つでも欠ければ「新リーグ」は大失敗に終わる可能性もある。
どうか、今の「ラグビー人気」を「ラグビー文化」へと導く「新プロリーグ」にしてほしい。
現在の「代表人気」「スター人気」「優勝争い」だけに支えられた「ラグビー人気」は下手すりゃバブルで終わる。
観客席はまたガラガラになることもあり得る。
「そうめん流し」やるやつはいないと思うが。

トヨタ・サントリー戦は第5節屈指の好カードと思われた。
が、終わってみればトヨタまさかの惨敗。
これはいったいどうしたことだ。
スクリーンショット 2020-02-21 10.26.01







あの「強いトヨタはどこへ行ったのか
この2年、トップリーグ・日本選手権と、そこには間違いなく「強いトヨタ」がいた。神戸製鋼・サントリー・ヤマハと並ぶ「新4強時代」の到来を印象付けたものだ。
そして今年さらに上へ。そういう試合になるはずだった。
だが試合はサントリーの強さ・上手さ・スピードばかりが目立ち、トヨタはほぼ「引き立て役」であったと言っても過言ではない。
個々のプレイはそう悪くはなかったと思う。もちろん甘いタックル、つまらないハンドリングミスはあった。がそういう個別のプレイが惨敗の原因だとは思えない。大勝サントリーにだってもちろんミスはあったし。
この試合のメンバーも今年からウィリー・ルルー、マレ・サウが加わり去年より「強化」していると言える。(全盛期をすぎたと思っていたマレ・サウだが今期キレッキレだったし。)
何が悪かったのか。
シロウトの私には残念ながらよくわからない。

ラインオフサイドが多すぎる
ただ気になることが一つ。
特に前半、ラインオフサイドがやたら多かった。実際にペナルティ取られたのは4つぐらいだったかもしれないが他にアドバンテージ中にサントリーのトライに繋がったものもあった。さらにはレフェリーは取らなかったものの、画面上からは明らかに「立ち位置」からオカシイのが見て取れた。解説藤島大氏も「トヨタのラインオフサイド気味」はしきりに気にしていた。
これはやはり異常である。
ラグビーのペナルティは各種ある。スクラムの反則や、事故的に生じた「危険なタックル」などはナンボ意識しても防げない場合もある。
けれど、ラインオフサイドなど本人・チームが気をつければ防げるものである。それができない。何度も繰り返す。敵ゴール前で直接PK失点になったものも2つ。
(後半早々、小原の「幻のトライ」につながったルルーの飛び出しはオフサイド覚悟の「起死回生プレイ」であったと思う。これについては「規律」の問題ではないのだろう。が、そもそもあんなプレイを選択するしかなかったチーム状態であることをルルーも感じていたゆえなのだろう。)

ジェイク・ホワイト「今年は優勝」しかなかったはずが・・
トヨタといえばもともとが地力はあるものの、よく言えば「豪快・おおらか」、悪く言えば「大雑把」な試合をするチームだった。ま、優勝を狙えるチームではなかったということだ。
それが2017年、南アのW杯優勝監督ジェイク・ホワイトが監督に就任するや新人姫野を主将に抜擢。トヨタを2年連続ベスト4に導いた。
間違いなく「優勝を狙えるチーム」への大変身だったと言える。
ところがホワイトは昨シーズンで退団。後任はサイモン・クロン。相談役にはなんとオールブラックス監督だったスティーブ・ハンセンという豪華な布陣。トヨタファンとしてはホワイトが残したものの上にハンセンらがさらに上積み、姫野・茂野・木津ら代表組はさらなる成長、さらにルルー、キアラン・リードら世界的プレイヤーを加え絶対優勝、という期待しかなかったと言える。去年より弱くなる要素など何もなかった。
だがこの日の惨敗。

またもや「優勝になど届かないチーム」に後退したとしか思えない試合ぶりだっった。
ラインオフサイドすら制御できない「大雑把ぶり」に今年のチーム力が現れていたのだと思う。
ブレイクダウンからの被ターンオーバーの多さも異常か。記録上は8。これもサントリーが上手かったと言うよりブレイクダウン時のトヨタの「大雑把さ」が目に付いた。

日本選手権に期待する・・?
残念だ。
優勝争いができるチームは多いほど見る側は楽しみが増えるし。今期は東芝も復活して5強時代の到来を喜んでいたのに。
もはやトヨタのトップリーグ優勝はないだろう。
が、日本選手権の開催・日程が正式に発表された。まずはトップリーグ4位を目標に日本選手権での「大復活」に期待する。
・・・しかないか。

ファンの間で、とかく物議をかもすレッドカード、そして出場停止処分。
トップリーグ第4節終了時点において「3試合以上の出場停止処分」は5件。
西川(サントリー)、アーノルド(ヤマハ)、プル(ホンダ)、クリシュナン(日野)、そして坂手(パナソニック)。
処分理由は、
「ボール保持者の肘打ち」が3件、「密集での頭頚部へのショルダーチャージ」が2件。なんにせよ、ファンにとって、選手当事者達にとって残念な数字である。
ちなみに昨シーズンはリーグ戦全56試合で「出場停止」「厳重注意」ともにゼロ。レッドが1。
https://www.top-league.jp/ranking/2018/foul.html
今年の「異常さ」が際立つ。もちろんこの「急増」は先のW杯で「新基準」が示されたものの、現場選手の意識が追いついていないことによる。
ここでは今シーズンの「レッド相当の危険なプレイ」と「処分」の実態を検証し、今後の対応を考える。

西川レッド











出場停止処分の裁定は協会規律委員会が下す

こうした裁定について、時にレフェリー・TMOへの批判がされる場合がある。
「これでレッドは厳しすぎるんじゃねーの」
「このレフェリーおかしいよ」「TMOどこ見てんだ」ってやつだ。
確かに試合中の判定については現場のレフェリー陣により決定がなされる。
しかし試合後の「出場停止」などの処分は「協会の規律委員会」が裁定を下す。上記5件の中には試合中にはレッド、イエローの判定が下されなかったものの、試合後「委員会」の判断により「出場停止処分」が下されたものもある。アーノルド、プルの2件だ。ともに「ボール保持者の肘打ち」。
実際、特に早い動きの中での「肘打ち」などは「一瞬の出来事」で近くにいても誰も気づかず、プレイ後のアピールもなく過ぎていく事もあるようだ。もちろんテレビ中継の放送席でも誰も気づかない。やられた「被害者」だけがわかる。

肘打ちでKOしたダン・カーター、淡々とコンバージョンを決める
アーノルドの肘打ちの「被害者」はダン・カーター。
肘打ち食らってダウン。その間に神戸ナエアタがトライ。
カーター、しばらくうずくまっていたが顎を押さえつつ立ち上がり、淡々とゴールキックを決めていた。
このアーノルドの肘打ち、他の「出場停止」が全て3試合なのに対し、この件だけ「4試合出場停止」
他の「肘打ち」が正面の相手に対し、いわば「突破」しようとする「勢い余って」と見られるのに対し、アーノルドは横から来たカーターに対し、ハンドオフのような体勢で肘を出している。さらに相手が「ダウンした」という「被害の大きさ」で、その分、処分が重くなったということなのだろう。
カーター1カーター2























「レッドカードは自分のスキル不足のせいだ」坂手

処分は「規律委員会」が繰り返しビデオを検証し、裁定したものである。こうした「レッドなし・試合後の重い処分」をみれば、処分内容の「妥当性」についてレフェリー・TMOの判断を批判することの無意味さがわかるだろう。試合中の判定が及ばず裁定が「重くなる」ことはあっても、TMOを経た上での判定が「重すぎた」ことなどないのだ。
もちろんレフェリーだって「レッド」なんか出したくて出すわけじゃない。

実際今回私も5件全て見直してみたが、W杯時に世界に示された基準に全て合致したものであったと言える。
(今年のこの「テレビ放映が少ないご時世」でなんと5件全てテレビ放映された試合だったのはラッキーというべきなのか)
「肘打ち」にしろ「密集で頭頚部へのショルダー」にしろ「悪意」はないにしろ「意図・自覚」はあったと見られる。
坂手も「自分のスキル不足」表明している。
https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/rugby/news/CK2020020202100083.html
他の選手も同じ思いであると信じる。坂手レッド













「レッド相当プレイ」は試合をぶち壊す

私にとっての「レッド問題」は裁定の是非ではない。
勝敗の行方への影響の大きさだ。
イエローのように10分間の問題なら工夫でしのげる。
がレッドの場合、特に試合開始早々のレッドは試合の当事者達にとっても試合前の綿密なゲームプランなど吹き飛んでしまう。
もちろん見る側にとってもがっかりである。好勝負への期待はぶち壊し、と言っても過言ではない。その処分が正当なものであれ。
(もちろん「ぶち壊し」の後は気持ちを立て直して、14人側がどう戦って行くのか、を観戦のテーマにしてゆくのだが)

レッド撲滅の対策は「判定を甘くすること」ではない
だからレッドカードは減らして欲しい。いや無くして欲しい。
だが「レッドカードを無くす」ための対策は「判定を甘くする」ことではもちろんない。
そんなことをすればラグビーという競技の安全性が保たれないだけではない。
国内リーグでレッドの判定を甘くすれば、選手のプレイにその癖が染み付き、いざ大きな国際試合で日本選手はレッドカード連発を喰らう可能性もある。

レッド撲滅の対策は技術の向上だ

レッドを無くすための対策は「レッド相当のプレイ」を避ける意識・準備・技術の向上、これに尽きる。
これはある意味「トライをとる技術」「トライを防ぐ技術」以上に重要な準備だ。
幸いというか、これまでのこの5件に「危険なタックル」は含まれていない。「危険なタックル」に関しては各チーム・選手が自覚し、少なくとも「レッド相当」のものは防いでいると見ていいのだろう。「ハイタックル」も「空中の相手へのタックル」も「下半身持ち上げ叩き落としタックル」も。これらの「危険なプレイ」はプレイヤーが十分な自覚を持てば少なくとも「レッド相当」のプレイは避けられうるスキルレベル・意識レベルにトップリーグプレイヤー達はあると言えるようだ。
同様に、この5件に見られる「肘打ち」「頭頚部へのショルダーチャージ」も「スキルと意識の向上」で「レッド相当」は十分避けられるだろう。

一つ興味深いのはこの5人、皆、中堅ベテランクラスの選手達ということだ。「若手の未熟さ」が生んだ反則ではない。
今まで「巧妙なプレイ」「ファイトあふれるプレイ」として許され評価されていた癖が抜けていないということなのか。
「若手にできて中堅ベテランにできない」ってことはない。後は意識と訓練の問題なのだろう。

レッドのない試合が見たいのだ
いくらなんでもこれまで4節で「出場停止」5件は多すぎるだろう。

全選手のスキルの向上、チームぐるみ、リーグぐるみの対策を望む。1週休みの「バイウィーク」はレッド対策の準備には絶好の期間だ。この5件のビデオを繰り返し見て学習するのも有効だろう。
「レッド撲滅」はチームの成績をあげる、ファンが喜ぶ試合が見せられる。いいことずくめだ。当然「イエロー」も減るだろう。
トップリーグ、残りの試合、レッドゼロを望む。
15人対15人の真っ向勝負が見たい。全ての試合が「歴史的好勝負」であって欲しい

【追記】「レッド撲滅」の対策としてここでは「選手・チームによる対策」に重点を置いた。
が、やはり専門家である「レフェリー陣」の対応にも期待したい。
動画・ネットを有効に活用し、日頃から「反則基準の明確化」、「出場停止事案」については事後の懇切丁寧な説明等を行っていただきたい。
こうした活動が必ず「レッド撲滅」につながるだろう。


【資料】
以下、5件の出場停止処分をまとめてみた。
時間も記してある。録画がまだある方は「現在の基準」をご自身で検証することをお勧めする。
内容文については「トップリーグ
公式サイトhttps://www.top-league.jp/news/に基づく。

西川 征克 (サントリー)

第1節 東芝戦。 前半29分
ブレイクダウンにおいて相手選手がジャッカルを試みている際、当該選手が腕を使わずショルダーで相手選手の頭頸部に直接コンタクト。3試合。



リチャード・アーノルド(ヤマハ) 
第2節 神戸戦。後半4分58秒
ヤマハゴール前7m付近でボールを持ったヤマハ5番リチャード・アーノルド選手がボールを持っていない左手の肘で、神戸製鋼10番の顔面(顎)・頸部に肘打ちを行った。 4試合。

オーガスティン・プル(日野)
第3節 トヨタ戦。 後半40分49秒
トヨタ陣バックスタンド側10m付近。日野#12 オーガスティン・プル選手が、ボールを持っている右手側の肘を上げて、ディフェンスに入ったトヨタ自動車#21の頸部/顎をヒットした。3試合。

『蛇足コメント』

本来SHでNZ代表経験もあるプル。この日はチーム事情でセンターでの先発。負け試合の中での後半終了間際の「トライにつなげる肘打ち突破。これは凄みがあった。肉弾戦も負けないSHとしてW杯で注目を浴びた南アのデクラーク。プルもその点で決して引けを足らないことを証明した「プレイ」だった。
あ、いや、こんなプレイ褒めてはいかんのだが。ホントは即レッド。良い子はマネしないでね。

ディネスバラン・クリシュナン(日野)
 第4節 ヤマハ戦。 後半37分
日野レッドドルフィンズ#5の選手が、肘を畳んで相手の頭にチャージした。3試合。

坂手 淳史(パナソニック)

第4節 キャノン戦。 前半3分
パナソニック ワイルドナイツ#2の選手がボールキャリーする際、左腕を突き出し、相手の頸部に直接コンタクトした危険なプレー。3試合。
クリシュナン レッド











【補足】福坪龍一郎(サニックス)が第1節後「出場停止1試合」の処分を受けているが「カップ戦における事案」との「連動」による。
リーグ戦のプレイが「レッド相当」ではないのでここでは触れない。
福坪の件についての「トップリーグ公式」の説明は以下の通り。
福坪龍一郎 第1節 NEC戦
「2019年度シーズンにおけるトップリーグカップ2019で出場停止処分を受けており、その後、同シーズンでのイエローカードの提示となり、トップリーグ規約第73条、表彰懲罰規程第11条(「懲罰のガイドライン」参照)に基づき、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会規律委員会に上申し、審議の結果、下記の通り処分が決定しましたので、お知らせ致します。」


帰化して「日本人」になった元オールブラックス、ロス・アイザック。帰化前の名前は「アイザック・ロス」。両親が元ニュージーランド代表というまさにラグビーのサラブレッド。201㎝。
ロスアイザック2












トップリーグには多くのこうした「帰化選手」が在籍する。
W杯代表でいえば、ヴァル・中島・具・トンプソン・リーチ・ヘル・ツイ・ラファエレ・レメキ等など。当然彼らはトップリーグで「日本人」として常時出場できる。
ロスもこれからは所属する「NTTコミュニケーション」で「外国人枠」ではなく常時出場できるのだな。
ロスの、あの、でかくて、時にSHのように俊敏なプレイがこれからは常時見られるのは楽しみ。
と思っていたのだがそうではないようだ。


トップリーグの「外国人枠」は外国人とは限らない?

第3節のクボタ戦。ロスは後半途中から出場。同時にオーストラリア代表・リアリーファノが退出。これについて「BS日テレ」解説の大畑氏、
「外国人枠の都合ですね」。
ええ〜それって変じゃん。ロスは日本人なのに。大畑、わかってないのか〜。
と思ったが、考えてみる。
この「他国の代表歴のある外国人枠2人」って正確には「日本代表にはなれない選手」てことなわけだ。ロスの場合日本人になってもNZ代表歴がある以上、国際ルールで日本代表にはなれない。
てことはあくまで「外国人枠」として扱うということなのか。日本人であっても。

「トップリーグ規約」見たら確かにその通りだった。(資料参照)

ロスは2017年に日本国籍を取得しているが、私がこれまでこの問題、気にならなかったのは、去年Nコムには他に「他国の代表歴のある外国人」がいなかったからなのだな。その前年には南ア代表のヤンチースがいたがロスと合わせて二人。「枠」を超えようがなかった。ロスはほぼ先発出場していたと思う。
今年、リアリーファノと南ア代表マークスがNコムに加入して、この「枠」該当選手が3人になり「やりくり」が生じたというわけだ。

「トップリーグの出場資格」って、日本人のロスにとってはは意味不明だ
ロスが日本代表になれないのは「国際ルール」である。これには合理的理由がある。もちろん日本独自で変更などできない。
だが、「トップリーグの出場資格」はトップリーグで決められる規則。
ロスは「日本人で常時出場可」でいいのではないか。
と思ったら、規約では「但し」がついて、「2016年8月31日以前に」この枠にいた選手は「日本国籍選手として試合に出場することができる」のだそうだ。(資料
参照)
ヒーナン・ダニエルこの「2016年規定」に該当する選手としてはオーストラリア代表歴のあるヒーナン・ダニエルがいる。ヒーナンは2014年に日本国籍取得。パナソニックで「文句なし」日本人枠で出場している。
さてこの「2016年規定」、「日本国籍取得後、例えば3年で他国代表歴のある選手もトップリーグで日本人枠で出場できる」と言う意味なのだろうか。ロスの帰化は2017年。来年度にはこの規定が改定されて「2017年」になればロスも晴れて「日本人枠」で出場できるということなのか。

この辺なかなか細かい。そもそも日本人になったのならソク「日本人枠」でいいではないか。まあシーズン中ではややこしいのでせめて翌年から、で。
この該当者が何十人もいて「日本代表資格者」の出場枠が減ると言うならこの規制も必要かもしれない。ただこの場合も、「外国籍選手枠」などというべきではない。「外国籍」などではないのだから。「他国代表歴選手枠」というべきだろう。(注1)
ともかくこの「2016年規定」、ロスだけに適用されるものだ。日本を愛し、日本国籍を取得し、家族とともに日本に居住し、子供たちを日本の小学校に通わせる「日本人ラガー」を「外国人扱い」する理由ってあるのか。

〈追記1〉
ロスのごく親しい友人から連絡をいただいた。(下記コメント欄の方)その方によると、「2016年規定」は固定であり更新されることはないのだという。つまり他国代表歴があり日本人になってもトップリーグで「日本人枠」で出場できるのはヒーナンで「締め切り」ということだ。(もう一人、元トンガ代表、神戸のアンダーソン・フレイザーも)
もちろんこんなことはどこにも「明文化」されてなどいない。あくまで「内部情報」。確認のしよいうもない。来年度の規約が公表されればわかるか。


ロスアイザック2「元オールブラックス日本人」の活躍が見たい
日本では外国人が結婚や血縁によらず日本国籍取得するのって大変なのだ。
「出場枠」や「就職」目当ての「打算的帰化」など日本では認めない。従前の国籍を保持しつつ新たに国籍を得る「二重国籍」は多くの「先進国」で認められるが日本ではダメ。犯罪歴があったり、税の滞納があったり、その他素行不良が認められればダメ。
「日本語力」も含め「日本国籍取得」には「本当に日本人になる資格・覚悟があるのか」が法務省により審査される。(注2)


ロスや「ボーク・コリン雷神(注3)」、そして上記「帰化選手」達は、はこういう「厳しい日本人テストに合格」したってわけだ。完全な日本人。
その「日本人」にトップリーグでこれ以上の「枠・規制」はいらんよなあ。
まして「他国代表歴」を持って来日、帰化条件である5年以上居住した選手といえば、まあ年齢は30歳前後。選手としては晩年に当たる。残る数年の選手生活を、愛する日本で日本のためにトップリーグでプレイする。もちろん彼のプレイ・経験は敵味方問わず他のトップリーガーや学生・子供達の素晴らしいお手本となる。そこにブレーキかける意味ってあるのか。
「元オールブラックス日本人」の活躍は常時見たい!

〈追記2〉
ある方がこの記事を見て自らのFacebookでシェアしたところ、その「パパ友」であるロスの目に止まり、その方が日本語に翻訳してロスに見せたという。ロス、この記事を大いに気に入ってくれてた上、自らのSNSでシェア。このことはラグビー関係者にもほとんど知られていないので、まずぜひみんなに知って欲しいのだそうだ。
そのシェアをまた別のロスの友人が見て私に連絡をくれた。
「2016年規定」についてはその方からの情報。
というわけで、この記事、改めて、「拡散希望」です。
もちろん「私のため」などではなく、「ロスのため」、「現在・将来日本でプレイする来日ラガーのため」、「日本のラグビー界全体のため」、さらには「日本社会の幸福のため」、です。


《補足1》世間の一部ではこうした人々を、決して「日本人」とは呼ばず、「日本国籍を取得した外国人」みたいな表現が使われたりする。これ、言葉として間違ってる。「日本国籍を取得した人」は「日本人」。逆に米国籍ノーベル物理学賞の南部陽一郎氏は「米国人」。
「先住国民」と「帰化国民」を区別したいなら「〜系」を使えば良い。南部陽一郎氏は「日系米国人」。ロス・アイザックは「NZ系日本人」。


(注1)ボーク・コリン雷神の「7人制でNZ代表歴」の扱いについてはここでは触れない)

(注2)以前Jリーグ川崎フロンターレにジュニーニョというブラジル人ストライカーがいた。
W杯南ア大会前に「日本に帰化して日本代表に貢献する」と宣言してサポーターを沸かせたが「日本国籍取得」は叶わなかった。この時点で日本に5年は居住していたが日本語がほぼダメだったためだという。そもそも親善試合とはいえ「ブラジル代表歴」があったため「日本代表」にはなれなかったとの説もあるが、ロス・アイザックなど、日本代表になれなくても日本人になるという「日本愛」があったが、ジュニーニョにはそんなものはなく単に「どこでもいいからW杯に出たい」という「打算的場当たり帰化申請」であったと言われてもしょうがないだろう。
日本サッカー協会からの「特例要請」もあったかもしれないが、先述したように日本国はこういう特例「帰化申請」は認めない。

(注3)ラグビー界では帰化すると登録名も実名に伴い「名姓」から「姓名」に変わる。
さらには本人の希望で漢字名が添えられたりする。この旧「コリン・ボーク」は「ボーク・コリン雷神」に。今回の代表プロップは「ヴァル・アサエリ愛」その他「カウヘンガ桜エモシ」とか「ロトアヘア・ポヒバ大和」とか弟の「ロトアヘア・アマナキ大洋」とか。ただしこれ、ヴァル以外はみんなリコーの選手。誰が流行らせたんだか。まあ日本人になったからには漢字使いたいんだろうな。

【資料】トップリーグ規約
第35条
4.日本代表選手の資格がない日本国籍選手及び特別永住権を保有する選手の扱い
他国代表歴及び他国セカンドシニア代表歴を有する日本代表選手の資格がない日本国籍選手及び特別永住権を保有する選手は、代表歴を有する国の選手と同様に外国籍枠選手、アジア枠選手として出場する。また、5 月末及び 11 月末に日本国籍選手として登録した選手が、登録日以降に他国代表歴及び他国セカンドシニア代表歴を有した場合、そのシーズンは日本国籍選手として出場することができるが、翌シーズンは代表歴を有する国の選手と同様に外国籍枠選手、アジア枠選手として出場することになる。但し、2016 年8 月 31 日以前に、他国の代表歴及び他国のセカンドシニア代表歴を有し、日本国籍選手として登録した選手は、日本国籍選手として試合に出場することができる。

《補足2》ただこの規約、なかなかわかりにくい。最後の「但し」部分の日付がどの文にかかるのか。私の解釈が間違っているのならご指摘いただきたい。
《補足3》


上記規約は
https://www.top-league.jp/wp-content/uploads/2019/05/kiyaku_2019.pdf
ただ「トップリーグ公式サイト」の「規約」にはこの「35条4」が見当たらない。

http://archive.top-league.jp/about/kiyaku/2012/a/03.html
そもそも「強豪国代表歴のある選手が日本人になる」などと規定作成時に想定もしていなかったのだろう。
「ヒーナンのせい」で慌ててこの規定を追加したか。で、追加したものの、このサイトの「改正作業」をしていないものと思われる。
この辺りでもこの「規約」の「場当たり的いい加減さ」がうかがわれる。

〈追記3〉
その後ロスや多くのファンはトップリーグ日本協会に規約の改定を求めたが認められず、「外国人」との名称は見直す、だけとなった。ロスはNコムを退団。NZでプレイを続けている。
「いつか必ず日本に帰ってきます。私のホームですから。」

トヨタの新ジャージを見たらミュンヘン五輪男子バレーチームを思い出してしまった。
トヨタ男子バレー2








男子バレーが国民的人気スポーツだった頃
1972年のミュンヘン五輪の前後、男子バレーの松平監督、大古・横田・森田・猫田・島岡らのスター達は日本人みんなが知っていた。
大会前には「金メダルへの道」という「ドキュメントアニメ」が毎週テレビ放映され、「国民の期待」が煽られたものだ。
準決勝ブルガリア戦の大逆転勝利を経て「有言実行」の金メダル。
男子バレーは間違いなく国民的人気スポーツだった。
今、男子バレー選手の名前一人でもあげられる人が何人いるだろうか。私でも二人ぐらいか。西田、清水・・。
あの人気は結局「強さ」だけに支えられたものだったと痛感する。弱くなれば一般人は見向きもしない。Vリーグの「平均入場者数」も減少の一途をたどる。

現在の「ラグビー人気」を支えているもの
さて空前のラグビー人気。
「金メダル」は取れなくても代表の「強さ」がこの盛り上がりを導いたのは間違いない。
リーチ、稲垣、福岡、松島、姫野らの名前はすっかり有名になった。
このままさらに強くなりさらに人気が定着して欲しい。
ただ「勝負の世界」、いいことばかりじゃない。
今回準優勝のイングランドも前回は「自国開催でプール戦敗退」という屈辱。今大会のNZの準決勝敗退、スコットランドのプール戦敗退も「屈辱」であったろう。
日本もそういうことが今後あり得ることは覚悟しておきたい。

問題はそこで「ラグビー人気」しぼんでしまうのか、だ。
「強さ」や「一時的感動」だけに支えられた人気であるなら、当然男子バレーと同様の運命をたどる。


国内リーグの充実こそ永続的人気を維持する
一方サッカーなんか決して「金メダル」や「優勝」を勝ち取ったわけではない。ロシア大会では決勝トーナメントに進出し盛り上がったが、その前ブラジル大会では期待を裏切りグループリーグ敗退。今回のU23アジア選手権も惨憺たる成績で終わった。
だがサッカーは「代表」がどんな成績であろうと人気を維持している。Jリーグ各会場にサポーターが溢れる。J3ですら。
現在J1〜J3で46クラブ。入場者数も今年歴代最多を記録した。
バスケ代表なんてもっと弱いけどBリーグは確実に「草の根ファン」を増やしチーム数も増え続ける。現在B1・18チーム、B2・18チーム。入場者数も3年連続増。チャンピオンシップは全試合満員。

「国内リーグの充実」こそ競技スポーツの人気を支える柱であるということだ。ファンにとって魅力ある「国内リーグ」、応援したくなるクラブ。選手にとって魅力のある「国内リーグ」。入団したくなるクラブ。
これらが充実していれば「競技人気」は「代表の成績」に振り回される事はない。

「ラグビーは今のままでいいじゃないか、人、集まってるし」って声もある。
そうなのか。この人気は「代表」が結果を残せなくても続くのか。
「ラグビーの面白さを日本人は知ったのだ」って声も聞こえてきそうだ。
それは事実だろう。
ただ、だからと言って「生活の中の限られた時間と金をラグビーに使うか」、はまた別の問題。
メデイアが「限られた時間と紙面をラグビーに割くか」も同様。
このラグビー人気を維持・拡大するためには人々の他の娯楽、「生活に割く金や時間」等を押しのけてでも見たくなる、関わりたくなる、存在にならなければならないのだ。
メデイアにとって他の事件や情報を押しのけてでも報道したくなる存在にならなければならないのだ。テレビ局にとって、他の番組を休んででも中継したくなる存在にならなければならないのだ。
ラグビーが。

「国内ラグビーリーグ100年構想」を

新リーグの中身が少しずつ聞こえてくる。
はじめは100点満点でなくていい。
ただ「Jリーグ100年構想」に負けないだけの大きな、長期的なビジョンであることを期待する。
「目先の収支」「目先の力関係」「現状の追認」による「妥協の産物」などではない。
「100年先に日本でラグビーがどうであって欲しいのか、どうあるべきか」から逆算しての現在位置の策定。
新リーグ設立の目的はあくまで「ラグビーが日本の文化になる」ためのものでなければならない。

日本ラグビーは「平幕」なのか

「金星」「大金星」と大騒ぎだ。本当に「金星」なのか。
そもそも「金星」は相撲用語。「平幕力士が横綱に勝つこと」とある。
日本ラグビーは「平幕」なのか。

アイルランド戦











2015年W杯、「ブライトンの奇跡」以来の日本代表のテストマッチを振り返ってみる。(対アジアは除く)
手元の集計では先日のロシア戦まで28試合。14勝13敗1引き分け。このうち「ティア1」10カ国との勝敗は2勝12敗1分け。あの南ア戦のほか。イタリアに勝ち、フランスと引き分けている。
「テイア2」とは13戦全勝。
で、「番付」をどう見るか、だ。
「ティア2」を平幕と見れば、対平幕全勝。前頭筆頭以上の番付けと見て問題あるまい。小結と言えるか。
対「ティア1」、2勝12敗1分けはちと寂しい。
が、この中には大横綱南アの1勝がある。さらに点差はつけられたとはいえ、対NZで5トライを奪ったという実績もある、これは「ティア1」の国でもなかなか取れるトライ数ではない。
私としてはこうした実績から「日本小結」としたいところだ。がここは控えめに「前頭筆頭」としておこう。

ではアイルランドは「横綱」か。

確かに直前のランキングは1位。現在は2位。優勝候補の一角である強豪である事は間違いない。
だがランキングと番付は違う。これは相撲も同様だ。相撲にランキングはないが「横綱」は直前の成績に関係なく長年の実績がものをいう。しかも「陥落」はない。
こうしてみるとラグビー界の「横綱」といえばNZ・南ア・オーストラリアの3横綱で文句はないだろう。
優勝回数はNZ3回、南ア・オーストラリア2回ずつ。
イングランドは優勝があるが準優勝なし、前回自国開催時はプール戦敗退、これでは「横綱」とは言えない。

さてアイルランド。
W杯ベスト8が6回。それ以上の成績はなし。もちろん優勝は無い。「横綱」など程遠い。
相撲の世界でもあの北尾「双羽黒」は優勝なしで横綱、優勝なしで引退したが、それをここで持ち出してももちろん意味は無い。
最近のランキングを加味してもアイルランドは「大関」が精一杯。「関脇」が順当なところではないか。
つまり今回の結果、日本がアイルランドを破ったのは、前頭筆頭力士が関脇を、せいぜいが大関を破ったというところだ。「殊勲賞」モノ、番狂わせではあるが「金星」などでは決してない。
もちろん「言葉」というもの、特に他ジャンルからの借用の場合厳密すぎる必要はないだろう。例えば相手が「大関」であっても、これを「平幕下位」の力士が破れば他ジャンルの場合メデイアが「金星」と呼んでも目くじら立てるつもりはない。
だが今回の場合明らかな「幕内筆頭」力士がせいぜい「大関」を破ったということだ。これは絶対に「金星」などではない。

「金星」をあげるには」「弱者」でなければならない

私はもちろん今回の勝利にケチをつけているのではない。
「真逆」である。
つまり「金星」などと言われるのは勝者が、地力も実績も、時には将来性ももない「弱者」の場合に「のみ」使われる言葉である、ということだ。
ラグビーには「番狂わせ」は基本無い。絶対的「弱者」が「強者」を倒す事は無い、という事だ。
4年前、「横綱」南アに勝った。この時の日本は間違いなく「平幕」、この勝利は文句なしの「金星」と言える。 が、その後対「ティア2」全勝、NZから5トライを奪う日本が「絶対的弱者」に当てはまるか。断じて違う。と言い切れるだろう。
地力があり実績を積み将来性のある「新鋭」が大関を破った。
それだけのことなのだ。

この試合、日本は結構「不運」だった
もう一つ。「金星」という言葉が持つ「両者の地力の差」という概念を考えると、どうしても「弱者に運が味方した」感がつきまとう。この試合の日本は幸運だったのか。
いや、むしろ不運だった。
前半3分、ラファエレのインゴールへのゴロパント。
松島が追う。絶妙のバウンドで転がる。蹴ったラファエレも追う松島も、そして観戦する我々も、少しでもラグビーボールと関わったことがある者なら全員思ったはずだ。
松島が追いついた瞬間、ボールがポーンと跳ね上がって松島に収まる、と。
ところがその瞬間、ボールは下に、コースも遅れてきたアイルランド選手側に。
このプレイが「普通に」トライになっていたら試合はさらに有利に展開していたとも思える。大差がついていたかも。
選手起用も不運だった。J.ジョセフが絶大な信頼を置くトゥポウが直前に離脱、開始早々には「切り札」マフィも負傷離脱。ゲームプランはすっかり狂った。不運だった。
しかし勝った。
(アイルランドもセクストンを欠くという「不運」はあったがここでのテーマは「金星」なので「格上」の事情は省く。)

「金星」報道は誤用である。

地力の差も「横綱と平幕」では無い。運も味方していない。
よって私は「金星」報道は誤用であると断言しておく。

つまり今回の「金星報道」、日本ラグビーが「弱小国」であることを前提に書かれているのだ。まあ「頭の固い」海外「ラグビー先進国」のメデイアがいつまでたってもどれだけ実績を積んでも日本を「弱小国扱い」するのはまあいい。「シズオカの奇跡」などと呼ぶのも楽しい。
しかし日本のメデイアまでが、いや日本の一般ファンまでがいつまでも日本を「弱小国」として感じ、「大金星」などと大喜びするのはいかがなモノか、と私は思う。
これでは選手が報われない。
リーチキャプテンが言っているように選手・スタッフは常に勝つつもりで、つまりはいかなる相手にも「互角・対等」であると信じているからこその、そしてそう信じるに足る確かな裏付けがあってこその今回の勝利だったのだ。
選手の「意識・現実」とファン・メデイアの「意識」との乖離。

「平幕優勝」への期待

さて次の楽しみは平幕日本がどこまで勝ち進むか、だな。
勝ち進めば当然「真の3横綱」とどこかで、あるいは複数回当たるだろう。これを平幕日本が倒せばこの時こそ「金星」だ。
そして待っているのは、相撲界ではまれにある「平幕優勝」。
この、ラグビー史上初の「平幕優勝」の快挙を日本が成し遂げるか、がこの大会の今後の最大の楽しみであるということだ。
ファンたる者、このくらいの事を語らないでどうする。


高原








NHK「スポーツ✖︎ヒューマン・サッカーの果てまで連れてって」
あの高原直泰がこんなところにいた。
サッカー黄金世代の高原、40歳。今はサッカークラブ沖縄SVのオーナー・CEO・監督・選手の4役を務めているという。
このチーム、J3の下、JFLのそのまた下、「地域リーグ(九州)」に加盟。番組では「実質5部リーグ」と紹介していたが、全国リーグではないことを考えれば5部リーグですらない、と言える。
プロと言えばJ3まで、さすがに「5部」ともなれば完全なアマチュアチームかと思えば、メンバー26人のうち10人がプロ契約という。クラブとしてもJを目指している。
沖縄にはJ3の「FC琉球」もある。Bリーグの「琉球ゴールデンキングス」もある。
それでもさらにプロチームを、との要請・需要がある。
こうして全国にサッカークラブが増えてゆく。Jリーグクラブは年代別育成組織の保持も義務付けられる。義務付けられてはいないが女子チームの保有も推奨される。
リーグ創設時に10クラブだったのが現在54。
30年前の創設時、「ホラ話」としか思えなかった「100」も見えてきた。

高原はスポンサーとの交渉、コラボ商品の開発にもあたる。
所属選手は地元企業に就職した元Jリーガー、あるいは将来のJリーガーを目指す若手など。
実際、J1で開幕からゴールを量産し最近大分から「金持ち神戸」に移籍した藤本 憲明など、4部にあたるJFL佐川急便から一つ一つ這い上がってきた。そういう実例がある。
沖縄SVの選手は、練習・試合の合間に地元コーヒー園を支援したり開墾したり子供相手のサッカー教室を開いたりの日々を過ごす。
番組では明らかにされなかったがプロ契約でも年収は数百万行くかどうかだろう。もちろん将来の保障などない1年契約。

 

選手にとってのこの「サッカー環境」、日本サッカーの現在位置

この環境、私なんかはサッカー選手としてものすごく恵まれたものだと思う。「Jリーグ30年の成果」であると。地元の要請と熱い声援を受け、明日を夢見る若手とまだ現役にこだわるベテランが地方都市でともにプレイする。そこにかつてのスター選手も加わる。
「世界を知る」プレイヤーがその経験と技術を各地で若手・少年世代・女子チームに伝える。
さすがに「地域リーグ」所属の元代表といえば高原ぐらいだろうが、J2・J3あたりには、三浦カズ・中村俊輔・小野・稲本・などのスーパースターを始め元代表たちが現役としてプレイする姿がいくらでも見られる。

サッカーでは一方でこんな「底辺世界」とは無縁に20歳前後で海外のビッグクラブに飛び立つ才能もますます増えている。レアルマドリードへ行った久保健英(その後マジョルカへレンタル移籍)、バルセロナへ行った安部裕葵、などなど。
国内のJ1〜J3も盛況だ。J2あたりでも普通に数万人の観客がつめかける。
もちろん久保ら日本の「頂点」の挑戦と高原の「底辺」での挑戦は「別世界」のものではない。
早くから海外で活躍する選手、あるいは日本代表の選手の多くが今や「Jリーグの下部組織」出身であることを思えばこの二つの挑戦は連続したものであると言える。
どちらもまさに「Jリーグ30年の成果」だ。

そして日本ラグビーの未来図

小野澤宏時将来のラグビー環境もこうなってほしいもんだ。
そういえばラグビーでも元日本代表の小野澤宏時が去年福井県で地元国体のため選抜チーム入りし、地元少年チームの指導もしていると言う。世界を知る小野沢がその経験と技術を、福井の選手、子供達に伝える。現役選手として。チームメイトとして。
今年の国体にも選手として出場を決めたという。
(小野澤は静岡などでもコーチとして女子の指導などもしているようだがそれはまた別の話)

こんな選手活動が広がってほしい。
で、かつ、こうした「一時的選抜チーム」」などではない常設のクラブ。
日本中に元代表クラスの選手とトッププロを目指す若手・ベテランが、プロとアマがともにプレイするラグビークラブがある。育成組織も女子クラブもある、そんな環境か。
もちろんトップチームは最高の環境で、年俸も清宮氏のぶち上げた「1億円」を目指す。
だがそんなトップを持つピラミッドの最底辺にこんな環境もあってほしい。
もちろんこんな「底辺チーム」は「劣悪な環境」でしかなく、今の大企業に守られた「社会人ラグビー」こそが選手の幸福であるとの考えもあるだろう。そうした考えの元、従来の企業の部活動ラグビーもそれはそれで継続してほしい。サッカーも野球もそうした企業クラブは今もある。
一方で最近ではラグビーでも代表経験のある選手の「海外挑戦」が相次ぐ。
山田、日野、立川、内田など。彼らにとって「代表落選」は「選手生活の晩年」を意味しない。新たなチャレンジのスタートだ。

人生観はいろいろあっていい。
だが、日本ラグビーが国民的人気競技になるために、あるいは代表強化のために、あるいは競技人口を増やすために、あるいは「日本の幸福なスポーツ環境の一翼を、ラグビーも担うために」どうしたら良いのかはもはや論じるまでもない、と私なんかは思うのだ。
選択肢は多いほど良い。底辺は広いほど良い。
いうまでもなくピラミッドは底辺が広いほど、ピラミッドそのものもでかくなる。高くもなる。
サッカーはJリーグ発足からここまで来るのに30年かかった。
ラグビーも今から始めて、うまくいってもここまで来るのにあと30年か。
こんな「ラグビーの果て」も見てみたい。
私の寿命が持つか。


冨樫バスケットボールBリーグ「千葉ジェッツ」の冨樫勇樹選手の年俸が1億円を超えたことが発表された。
会見によれば「総収益17億円のうち冨樫選手の『貢献度』が1億円に相当するか、などの『細かい計算』などはできないという。とにかく今バスケをしている子供達、これからバスケをしようとする子供達へ『夢』を与えるため、そして日本のバスケ界の将来を考えて「千葉ジェッツ」島田代表と冨樫選手が「話し合って」決めたのだという。そしてそうした理由ゆえにあえて開いた「記者会見」であると。
「プロ化」後もバスケ界では「年俸」の話題などは出なかったが、あえて「仕事・職業」としてのバスケであることを改めて表明したかったのだと。
夢のある、ポジテイブな、バスケへの愛情溢れるいい会見であった。

さてラグビー。
トップリーグに日本人1億円プレイヤーが誕生する日は、いつかくるのだろうか。

「トップリーグに今後とも1億円プレイヤーが誕生しない理由」が聞こえてくる

これについて「できない理由」を挙げるのは簡単である。こういう声も多いだろう。
1. 日本の社員トップリーガー達は年俸は少なくても大企業の大卒正社員として「生涯収入」は十分多い。したがって選手は「一時的年俸だけが多いプロ化」など望んでいない。ムリムリ。
2.試合数が違う。毎日でも試合ができるバスケと基本週一試合のラグビーでは年間試合数がそもそも違う。したがって入場料収入も違う。したがって選手への配分も少ない。ムリムリ。
3. 選手の数が違う。5人で1チームのバスケと15人のラグビー。控えを考えても1選手あたりの「収益配分」はやはりラグビーは圧倒的に少なくなる。ムリムリ。
4. そもそも世界的市場規模が小さいラグビーは一流選手でも年俸は多くはない。スーパースターと言われる選手でも1億超えは多くはない。それが日本人選手などとてもムリムリ。 
5. そもそも「完全プロリーグ」など企業が望んでいないし協会も力量がない。「完全プロリーグ」ができない以上「1億円プレイヤー」などムリムリ。

どんなことでもそうだが、「現状できていないこと」について「できない理由」を挙げることはなんと簡単なことか。
しかしそれを言っていてはJリーグもBリーグも誕生しなかった。
「現状の平均入場者数は」
「現状のテレビ視聴率は」
「現状の企業における予算は」
「現状の競技人口は」などなど。できない理由はいくらでも挙げられたはずだ。

そもそもプロバスケリーグの成功など誰が予測し得たのか

バスケ冨樫選手のニュースに立ち戻る。
そもそも4年前に日本にプロバスケリーグができ成功すること、これほど盛り上がること、まして3年目で日本人1億円プレイヤーが誕生することなど、誰が予想できたのか。
バスケ界に近い人・詳しい人ほどそんなの「ムリムリ」と思っていたのではないか。
であるからこそFIBA(国際バスケットボール連盟)に「統一リーグ」を勧告されても2つのリーグは主導権争いに明け暮れ何も決められなかった。
「だってそんなできもしないプロリーグのために我がリーグの主導権は渡せないさ。」

「1億円プレイヤーなどムリムリ」を検証する

何か新しいことをはじめようと思えば「できない理由」を挙げるのではなく、「できる根拠」を考える事こそ建設的である。だが「できない理由」を無視するべきではないのは当然である。そのためにはやはり「できない理由」を一つ一つ消していかねばならない。その作業が必然的に「できる根拠」に繋がっていくだろう。
まず1.について。「プロ化など選手が望まない」のか。
人間には様々な価値観がある。
「安定した収入で生涯を送りたい」と考える人間もそれはいるだろう。
Jリーグ発足当初もこんな先行き不透明な日本のプロリーグになど人生を預けることはできない」と社員選手を続けたプレイヤーもいた。現「松本山雅」監督の反町康治氏なども当初は全日空の社員として横浜フリューゲルスの選手だった。
反町だがそれらの選手も「「Jリーグの安定と繁栄、そして魅力」を見届けた上で退社。「Jリーグ専従」となる。
その反町氏、現役引退後は新潟・五輪代表・湘南・松本などの監督を歴任。「若手の育成」と「予算の乏しいチームの強化」に実績を残している。
現在はそうした「社員選手」はいないと思う。J2以下では知らないが。

トップリーグも当面それでいいと私は考える。「安定と生涯収入」を優先して「社員選手」を続けるのもよし、「完全プロ契約」を選ぶもよし。トヨタのように「代表級の選手は現役中はプレイに専念、引退後は社業に復帰」という形も選手にはありがたいだろう。ただこの場合「プロ並み」の年俸ではないと思うが。
ただもし「完全プロリーグ」化が進み、これが成功し、選手側に選択権があれば選手側はおのずと「完全プロ契約」を望むのではないか。他の成功したプロ球技は皆そうなっている。
「未確認情報」によればパナソニックは全員プロ契約だという。「有望新人」をじゃかじゃか集められるのもそこに原因があるのではないか。やはり「有望な自信のある選手」にはプロ契約が魅力なのではないか。

プロ化において比較すべきはバスケではない

2〜3までについて。
「試合数が少ない」「競技人数が多い」事についてはいわば15人制ラグビーの「宿命」である。変えようがない。であるならば世界中どこでもプロリーグなどできようもない。だがもちろんプロリーグは存在する。今年からは米国カナダのプロリーグも誕生。NECの滝沢の加入が話題となっている。という事は、「日本でラグビーのプロリーグが実現するか」を考えるとき、比較すべきは国内のバスケなどではなく、国外のプロラグビーだろう。これと比較して、「実現しない日本の事情」があるのか。
なお、あえてバスケとの比較をすれば、競技場の大きさ、つまり1試合の入場者数、入場料収入はサッカーやラグビーのほうがはるかに大きい、人さえ入れば。つまりプロ化には有利であるとの一面もあると言える。バスケの体育館など大きくても数千人から1万人。サッカー・ラグビーの競技場なら数万から5〜6万人が収容できる。

4の「市場規模」についてはラグビーの「宿命」ではないにしろ「現状」ではある。世界が市場であるサッカー、北米という大市場を持つ野球・バスケ・アメフト・アイスホッケーなどの球技に比べて市場が小さいのは確かだ。だがこれにしろ現に海外ではプロリーグが成り立っているのだから「致命的な問題」ではありえない。
ただしこれら「巨大市場」を抱える競技のスーパースターのような「年俸数十億円」はまあラグビーには無理だろうが。ラグビーの歴代最高年俸はジョナ・ロムーで6億5千万。

あらゆるビジネス展開において、重要なのは「市場規模」の検証である

日本は人口1億3千万、GDP世界3位・5兆USドルの経済大国である。
この二つは市場規模の大きさを表す。
例えば今回のバスケの例にしろ、同じ計画・運営を人口5千万、GDP1.6兆USドルと日本の半分以下の隣国韓国で行いバスケ人気が同等だとしても、数字だけ比較すれば収益は半分以下、したがってどう考えても1億円プレイヤーは生まれない。まあチーム数の調整で、ある程度の「誤差」は解消できるだろうが、およそどんなビジネスであれ対象エリアの「市場規模」の概念なしに計画など立てられないのである。
観光地でもない過疎地でどんなに美味いラーメン屋を開いても儲からない。
逆にターミナル駅の「駅ナカ」であればソコソコのラーメンでも繁盛する。そういう事だ。

作家・村上龍氏によれば先進国で人口「1億人超え」というのは作家にとっても実に都合の良い数字だそうだ。そこそこいい作品を母国語で書いてそこそこの作家が食っていける。
これが人口5千万の国ではよほどのベストセラーを連発しないと作家では食っていけないという。小国で食える作家を目指せば「英語で書く」しかない、とか。
あるいはサッカーの世界。南米の一流選手はなぜ皆ヨーロッパでプレイするのか。
南米は確かに人口ではヨーロッパに負けてはいない。しかし市場規模のもう一つの要素、経済規模においてヨーロッパには到底及ばない。
入場者数で引けを取らなくても、入場料収入、スポンサー収入、グッズ収入、放映権料などでヨーロッパが圧倒する。その配分は選手にも回り、南米出身の選手はヨーロッパで「サッカー長者」となる。


「ラグビー大国」の市場規模を検証する
ラグビー大国の人口を見てみる。
そもそも人口1億を超える先進国など日本と米国だけであると断った上で、
英国6600万、南ア5600万、オーストラリア2400万、NZとアイルランド共和国にいたっては共にたった470万。
最大の英国でも日本の半分。
つまり日本でもラグビーが、「人気スポーツ」として認知されさえすれば市場規模は他の「ラグビー大国」と比べて圧倒的に巨大であり「伸び代」も圧倒的だということだ。
南半球の「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」4カ国の人口合わせても1億3千万で日本並み。GDPも4カ国合わせて2.5兆USドル。日本の半分以下である。
つまりラグビーの市場規模において南半球4ヵ国合わせても日本より小さいのである。
北半球「6ネイションズ」は合わせればはさすがにヨーロッパ、6カ国合わせれば人口、GDPともに市場規模は日本より大きいが。
なんにせよ一国のラグビー市場は日本はダントツ。もし日本に「本格的プロラグビー」が参入すれば、ラグビー関係者にはコントロールのしようも無い「市場規模」においては全く問題が無い。
チーム数や試合数でバスケと比較しても意味が無いことがわかるだろう。比較すべきは他の「ラグビー大国」。ラグビーがビジネスとして成り立っている国々。
逆から見れば、フィジー・トンガ・サモアなどの「ラグビー強国」はその人口・経済規模どちらの要素をとっても「市場規模」があまりに小さく、食える「プロリーグ」が存在しえない事がわかる。

日本ラグビーの未来を損なう外部的「宿命や現状」など存在しない


結局問題はそこなのである。競技人数や試合数、市場規模など、ラグビーの「宿命や現状」については問題などないか、日本はむしろ他国に比べて有利である事がわかる。
そして問題点の5。これだけが残る。
つまり協会や各企業・チームにその気があるのかどうか。つまり成功の可否はラグビー関係者にのみ委ねられている、という事だ。外部的要因などではなく。
ラグビーを「人気スポーツ」として定着させる具体的展望と戦略。これがあるのかどうか。

もともとラグビーは、「見るスポーツ」として、ひと昔前は日本でサッカーよりもバスケよりも人気スポーツだった。国立競技場を満員にできる競技など他になかったし、松尾・平尾・大畑などのスター選手はちょっとしたスポーツ好きな日本人は皆知っていた。プロ発足前のサッカー、バスケではそんな選手は大昔の釜本ぐらいか。バスケの田臥の知名度になるとそこまでいかないかも。
つまり日本で人気スポーツにならない理由はない。

ここで「競技としての国際的強さ」も当然問題となろう。
私も以前は「プロリーグの成功」にこの要素は不可欠だと考えていた。
しかしBリーグの成功は、その競技の「国際的強さ」は必ずしも必要条件ではないことを証明した。リーグ繁栄のための「具体的展望と戦略」さえあれば、プロリーグは成功する。
観客・ファンが応援できるチームを持ち会場でテレビで地域で熱狂出来る環境さえあれば、そしてもちろん選手たちが懸命なプレイをすれば「とりあえず」国際的強さなど二の次なのだ。
そして「競技の国際的強さ」は後からついてくる。
あの弱小男子バスケットはBリーグ3年目、ワールドカップ予選で4連敗から8連勝。、21年ぶりのワールドカップ出場、44年ぶりのオリンピック出場を決めた。

サッカーにしろ、ワールドカップ初出場を果たしたのはJリーグ発足の後だった。

「トップリーグの日本人1億円プレイヤー」は、果たして・・・

繰り返しになるが、あとは協会・運営企業による今後の「具体的展望と戦略」があるのかどうか、これに尽きる。そしてもちろん「実行力」。
お手本はJリーグ・Bリーグがある。最初はモノマネで全く構わない。
25年のノウハウが蓄積されたJリーグから経験のあるスタッフを招くのも有効だ。
そしてトップリーグの将来に向けた「具体的展望と戦略」を立てこれを「実行」する。
それさえあれば日本ラグビーの「完全プロリーグ化」は実現し成功する。
それさえあれば「日本人1億円プレイヤー」は決して「夢物語」ではない。

清宮2














「清宮代表監督」には問題あり?
清宮克幸氏の「日本代表監督待望論」が根強い。まあ日本人監督とすればこの人しかいないだろう。ああ、沢木敬介氏も実績あり、か。トップリーグ2連覇。しかし待望論はあまり聞こえない。
それはともかく。
清宮氏については
否定的意見もある。
「彼は選手として、監督として国際経験があまりにも乏しい。国際試合を戦うことこそ“日本代表の仕事”である以上、清宮氏ではあまりにも心もとない。」
なるほど、確かにかつてのスター的日本人代表監督、宿沢氏・平尾氏に比べられるとつい納得してしまう。
宿沢氏といえば代表SHとして国際試合を何度も経験している、と思ったが代表キャップはなんと3。同時代に今里という名ハーフがいたとはいえこれは驚きではある。当時は選手交代は負傷時のみ2名までだったのでこんなものなのか。英仏遠征には行ったはずだ。ウェールズ戦には出ていた。これを合わせても3か。
大学卒業から間もなく現役を引退したものの、金融マンとして英国勤務も長かった。当然、英語も堪能であった。
また英国勤務中も当地で見る「本場のラグビー」について日本協会に自主的にレポートを送っていたとの「伝説」も伝えられる。キャップが少ないとはいえ文句なしの「国際派」ではある。
平尾氏は同志社卒業後は英国に留学。一時ファッション誌に出るなどの「アマチュア規定違反」などで干されたことはあったものの、常に日本代表の中心、キャプテンとして多くの国際試合にも出場してきた。キャップは35。
この35も原則途中交代なしの時代の数字であるので現代とは比較できない。

こうしてみると二人に比べ、清宮氏の経歴は確かに国内に偏ってはいる。。代表キャップもゼロ。
外国留学も外国勤務もない。「国際派」とはとても言えない。
ただし日本で他に「国際派」と言える人材がいるかというと見当たらない。単に海外でプレイした実績であれば。岩淵健介氏、村田亙氏などがいるが、指導者としての実績はほぼない。
で、「国際派」にこだわれば必然的に外国人てことになるのが実情である。

エデイ
エディ・ジョーンズは「国際派」だったのか
だが待て。
あのエデイ・ジョーンズはどうか。
現役選手としては「州代表」まで。国際試合もあったかもしれないがまあそんな程度ではある。その後は高校教員、校長などを勤めている。
ラグビーコーチとしてのスタートは東海大。彼にとっては「国際派」へのデビューではある。「ラグビー後進国・日本」での。
その後日本代表FWコーチ、サントリーFWコーチ経て、母国オーストラリア・ブランビーズのヘッドコーチに就任。そのあとはもう、とんとん拍子にオーストラリア代表ヘッドコーチ、南アフリカ・アドバイザー、イングランド・サラセンズ・ヘッドコーチ、サントリー・ヘッドコーチ。
そして日本代表ヘッドコーチとしてワールドカップで南アを撃破。3勝を上げる。
その後ラグビーの母国イングランドのヘッドコーチとして現在に至る。

こうして見ると、あのエディですら現役時代から「国際派」なんぞでなかったことがわかる。もちろん日本とオーストラリアでは国情が異なる。オーストラリア国内にいるだけでも、日本国内にいるだけに比べれば「十分国際的である」と言う言い方も可能ではある。
まあオーストラリアの「州代表」がどの程度の国際試合をこなすかは知らないが対戦相手は世界のトップレベルではないことは確かだろう。そういう意味では清宮氏だって、高校日本代表でキャプテン、U23代表として米国に勝利、日本選抜でオックスフォードに勝利、と代表には選ばれなかったものの、ソコソコの国際経験はある。
逆に若くして国際試合に多数出場し、あるいは留学・ビジネスなどで「国際経験」豊富である人物など、今の日本、いくらでも存在する。
だがそんなものが「代表監督」の十分条件でなどありえないのは当然である。
エディを見れば必要条件でもないことが見えてくるだろう。
結局は「指導者としての実績」なのだ。

森保一













サッカー代表監督の森保氏も「国際派」なんかではない
サッカーでは現在、森保一氏が代表監督を務める。彼はあの「ドーハの悲劇」に出場するなど代表暦はソコソコあるものの決して「不動の代表」などではなかった。当然「国際経験」もソコソコである。海外チームでのプレイ経験もない。だが現在、代表監督として着実に実績を残していることに異存はあるまい。
もちろんその「実績」は森保氏個人だけのものではなく、日本サッカー、Jリーグの長期的展望とその展開と不可分であることはいうまでもない。
ただサッカー界にしろ、オフト以来、加茂の解任、岡田の緊急出動、そしてオシムが倒れて再び岡田の緊急出動、を除けばずっと外国人監督が続いてきた。そしてロシア大会直前の、西野の緊急出動。
そして次、緊急出動ではなく、腰を据えた日本人監督があるとしたら、選手としての国際経験、単に代表として国際試合をこなした、というだけでなく、自身が外国のトップチームに所属し、その主力を務めるなどの「ナマの国際経験」を積んだ「中田英寿世代」以降になるだろう、というのが大方の見方ではあった。つまり「もう少し先の話」。
だがサッカー界は「今」、森保氏を抜擢した。
いや「抜擢」などという言葉はふさわしくないだろう。「当然の選択」というべきか。
サンフレッチェ広島の監督として、名将ペトロビッチの後任として常に優勝争いを維持してきた。就任以来4年間で3度の優勝。ペトリビッチ時代を含め、浦和などの「ビッグクラブ」に代表クラスの選手を次々「引き抜かれ」ながらも優勝争いを続けたのはぺトロビッチ監督ごと「引き抜いた」浦和ではなく、森保氏率いる広島であり続けた。
この間他のJチームは浦和以外にも、代表クラスを揃え、外国人監督を起用してきた例もあったが、森保氏ほどの結果を出した監督はいない、ということだ。
その後ACLなど「国際試合」では実績を残せず広島監督は解任。
やはり国際試合には弱かっった?

だがその後、2020東京五輪に向けた代表監督に就任、さらにフル代表の監督にも就任。五輪・フル代表を兼ねる名実ともに日本サッカーの強化の現場最高責任者として今に至る。
まさに「国際経験」「国際試合の実績」などではなく、「国内リーグの指導実績」のみで選ばれたと言っても過言ではあるまい、そして結果を残している。
数々の「失敗」も繰り返してきた日本サッカーの代表監督選び。その後にたどり着いた結論が「森保」だったのだ。
今から見れば「広島監督解任」も「代表監督就任」への布石・準備だったのではないかとも思える。協会主導の。

代表監督に求められるのは「勝ち切る力量」である
つまり、そういうことなのだ。
代表監督にふさわしいのは「国際経験」や「語学力」よりも、国内リーグというある意味年間を通じて最も過酷な、そして「地力」を問われる戦いの中で勝ちきれる力量、これに尽きるのではないか。
そして育成力。もちろん代表監督はチームの監督とは異なり、選手やチームをじっくり育成する時間など限られている。だがそういう限定された範囲でもやはり「育成力」は問われる。特に最近は代表であっても年間かなりの「集合」が可能となっている。試合も含め。

国際経験、語学力、そういうものはもちろんあったほうがいいに決まってはいる。
だがそれらは有能なスタッフがいればいくらでも代えがきく。
だが一つの試合、さらには連続した試合に一つ一つ勝ち切る、準備・作戦・選手選考・そして試合中の臨機応変の対応、短い時間でも選手を飛躍させるコミュニケーション能力、創造的練習、などは代えの効かない、まさに「監督の力量」なのだ。
そしてその「力量」から生まれる「カリスマ性」
その対応において、国内リーグ、国際試合の区別などない。

清宮氏の実績はサッカー森保氏の実績と重なる
そうした力量を買われ森保氏は代表監督に選ばれ結果を残している。もちろん選手の信頼も厚いという。
そして清宮氏。
早稲田監督、ヤマハ監督を通じ、常に弱体したチームを立て直してきた。
ヤマハ選手の「個の力」、ヤマハ入団以前の「実績」などは、全トップリーグ中、下から数えたほうが早いのではないか。外国人など、以前のトゥイアリ、現在のスミス以外はスーパーラグビーに手の届かなかったような選手ばかりだ。
日本人で言えば五郎丸・太田尾・矢冨・山村らベテラン世代以降は大学のトップ選手はほぼいない。

そういう中、ここ数年常に優勝争いを続け、日本選手権のタイトルも手中にした。
その上でヤマハで育った選手が何人も代表入りしている。
もちろんこの間、トップリーグには世界レベルの選手と日本代表クラスの選手を揃え世界レベルのヘッドコーチが指揮する、そういうチームもも多数存在している。そういう中でのこれだけの実績。
まさにサッカーの森保氏とも重なる。

トップリーグの「世界的名将」の実績を考える
トップリーグには現在「世界的名将」とも言えるヘッドコーチが何人もいる。パナソニックのロビー・デイーンズ、トヨタのジェイク・ホワイト、神戸の総監督ウェイン・スミス。
そうそうたる面々である。だがパナソニック、神戸の場合、これらのチームはまた選手も世界的、あるいは日本代表クラスが目白押し。そういうメンバーを揃えた上でで優勝争いをするチームの監督が「日本代表監督」にふさわしいのかは甚だ疑問ではある。
私、個人的にはパナのラグビーが好きで、これを指揮するロビー・デイーンズもスゴイと思う。だが一方、「あれだけのメンバー揃えればこそだなあ」とも思うのだ。例えばヤマハ並みのメンバーであのラグビーができるのか。あれだけの成績が残せるのか、と。
さらにはあれだけのメンバー揃えながら優勝できなかった昨シーズンはなんなんだ、とも。

ある評論家はパナソニックの昨季の不振についてこう解説していた。
「やはりバーンズの負傷欠場が痛かったですね。」
はあ〜?
そりゃバーンズの欠場は痛い。私、個人的にもバーンズは大好き。彼がスタンドを務めるとバックスラインが一気に活気付く。さらにキック処理で後ろに下がってからの動きもいい。一見忠実なプレイスタイルに見えて、時に大胆奇抜なカウンターアタックを仕掛ける。
くー!たまらんな。 しかしそのバーンズとはいえ、彼がいないとパナは一気に沈没してしまうのか。スタンドができるのは他に、山澤、松田力也、森谷、笹倉、代表クラスがいくらでもいる。野口だってやれるだろう。
結局パナはバーンズの個人的力量に「おんぶに抱っこ」ってことなのか。
一方ヤマハのスタンドなんてキャップゼロの太田尾がほぼ出ずっぱりだった、。太田尾引退後は関東リーグ戦2部東洋大出の清原と、もう一人やはり世界的には無名のマッガーン(経歴には卒業高しか書いていない)。
これで優勝争いに毎年食い込むのが「ヤマハの底力」、それを引き出す「清宮の底力」、と言うべきだろう。

今年15年ぶりに優勝を果たした神戸の躍進は素晴らしい。だがここもダン・カーターの加入でアンドリユー・エリス、アダム・アシュリークーパー、日和佐らその他代表クラスの底力を一気に開花させたとの見方に異存はないだろう。「監督の力量」がどれだけだったのかはちょっと判断ができない。
もちろんどんな名選手を揃えようとも監督スタッフがヘボならどうにも結果を残せない。
同じ神戸でもサッカーのヴィッセルなどイニエスタ・ビジャ・ポドルスキーなど世界のスーパースターを揃えてもどうにも勝てない。監督人事も二転三転のドタバタである。それに比べれば神戸コベルコはちゃんとした結果を残したとは言えるだろう。
いやサッカーの神戸など揶揄してる場合じゃない。
トップリーグの東芝。
神戸にも引けを取らないメンバーを揃えながら2年続けての低迷。
こうした例を見れば、多くの「スター選手」を率いてきっちり結果を出すというのも一つの「名指導者像」ではある。ただしこのタイプの「名指導者」はサッカーにしろラグビーにしろ、日本代表の求める監督像ではないだろう。
サッカーでは、鹿島アントラーズのアドバイザーとしてあれだけの実績を残しなたジーコだが、が代表監督としての結果は物足らないものだった。
アントラーズではジーコ直輸入のブラジル人現役代表クラス選手を中心に多くの日本人スターを育て、Jリーグに大きな実績を残した。だが、ワールドカップで世界と戦う時、世界的選手などせいぜい中田英寿ぐらいのチームではやはり同様の戦い方では通用しなかった。
やはりジーコも「スター軍団」を率いてこそ「結果」を出すタイプでの「名指導者」であったということなのだろう。

ういう意味ではトヨタを率い、「弱くはないが強くもない」、藤島大氏言う所の「何処に勝ってもおかしくない、何処に負けてもおかしくない」チームを一躍優勝争いに食い込ませたジェイク・ホワイト氏の監督としての力量は注目に値する。学生時代、突出した活躍を見せたわけでもない姫野を1年目からキャプテンに「大抜擢」しその潜在能力を一気に開花させた判断・力量はさすがのものである。


代表監督には「日本理解」が不可欠だ
一方日本代表監督は日本のラグビー事情、文化、国民性などを深く理解している人材であるべきであると思う。別に情緒的な話をしているのではない。チームとして結果を残すため、その国と国民性を理解していることは不可欠なのではないか。
その点サッカーの外国人代表監督はやや失敗が多かったと言える。オフト、ジーコ、オシム以外は皆「いきなり日本に連れてきた」。ファルカン、トルシエ、ザッケローニ、アギーレ、ハリルホジッチなど。
で、結果といえばワールドカップ出場は果たせたものの選手の力量を十分に引き出せたとは言えない、と私は思っている。トルシエはベスト16を果たしたがこれは監督の力量と言うよりは、開催国のアドバンテージ、と見るべきだろう。あるいは選手の力量。
逆に代表選手の力量を最大限に発揮させたのは2010年南アフリカワールドカップの岡田氏、2018年ロシア大会の西野氏だろう。ともにベスト16。ともに「緊急出動」だったにもかかわらずだ。
もちろん二人とも日本人。日本の事情は十二分に理解・把握している。
もちろん両者に共通しているのはJリーグ監督として、実績・結果を残していることだ。ともに「スター軍団」を率いてのものではない。
岡田氏は札幌をJ1に昇格させ、その後横浜Fマリノスを1年目から2年連続優勝に導いている。
西野氏はG大阪を常勝チームに育て2度の「Jリーグ最優秀監督」に選ばれている。
また2008年のクラブワールドカップでは欧州チャンピオンのマンチェスターユナイテッド相手に5点は失うも3点取る豪快なサッカーを指揮して見せたのは未だ記憶に新しい。
アトランタオリンピックでブラジルには勝利したものの、その「消極的采配」で一部から批判を浴びたのがウソのような攻撃的采配だった。


ラグビーにおいては「いきなり日本に連れてきた」外国人監督といえばフランス人エリサリド。やはり勝敗以前に「失敗」に終わっている。それ以降は、カーワン、ジョーンズ、ジョセフ、皆、日本で数年以上の選手経験、あるいは指導者経験を積んでの「代表監督」だった。日本協会として賢明な選択であったと思う。「他に知らなかった」のかもしれないが。
そしてエデイは見事に結果を残した。果たしてジョセフは?

代表監督の条件とは

さてここらで代表監督の「条件」が見えてきた。
第一に、監督としての実績があること。これは海外での実績に限定することはない。サッカーの例を見ても、日本の国内リーグで「結果」を出していれば何よりの実績であると言える。
次に、ただ実績と言っても「スター軍団」を率いての「実績」であるのならこれは「日本代表監督」にはふさわしいとは言えない。現在日本ラグビーがどれだけ躍進していようとも、こと「個の力」としてみればやはり全体として「世界のトップ」との差は認めざるをえない。そうした現状の中で世界に勝ち切るには「個の力」で劣っていても勝つ、そういう戦略、監督としての力量が求められる。
(もちろん個々の選手、あるいは指導者は「個の力」だって負けない、と言う気概は求められる。姫野もそう断言していた。だがその「気概」と「具体的戦略」はまた別の話。)

これはサッカーにおいても同様である。代表クラスを次々引き抜かれても勝ち続けた広島を率いた森保氏の実績、リーグ初優勝を遂げた岡田・西野両氏、当時代表クラスゼロで常に優勝戦線に食い込んだ千葉を率いたオシム。当時千葉は対戦相手から「千葉は攻撃になると選手が2人ぐらい多いんじゃないか」と試合中思われたという。そういう戦略。


第二に、代表監督は日本人の国民性・文化・ラグビー事情に精通していること。外国人であるなら日本に選手としてあるいはスタッフとして数年以上の「関わり」があること。
「いきなり日本に連れてくる」のはダメ。

こうした条件を満たす人材は現在世界にいるのか
これらの条件を満たす人材を考える。

今回のワールドカップで高い実績を残せばジェイミー・ジョセフ続投、と言う選択もあるだろう。しかしそれは本人が望まないのではないか。その時点で新しい選択をするのではないか。エディもそうしたように。
一方「かつて数年以上日本でプレイ、あるいはスタッフとして滞在し、現在海外リーグで指導者として高い実績をあげている人物」がいればもちろん有力な候補となりうる。しかしその辺については私は詳しくはないので判断はできない。。
その上で、私の知る限り、上記の条件を満たすのは、清宮克幸、彼しかいない、のだ。
私は別に「日本代表監督はやはり日本人で」などと狭い了見の話をしているのではない。世界を見渡してどこの国籍であれ最良の選択をすべきである、と思っている。

差をつけた「次点」でジェイク・ホワイトか。彼は今後一気に最有力にのし上がる可能性はある。


最後に愚痴と結論と・・・。
「国際性など必要ない」とは言ったものの、やはり清宮氏のその点は気にはなる。 ジョセフにしろサッカーの森保氏、岡田氏、西野氏にしろ、現役時代の「国際性」など皆ソコソコである。清宮氏もこの点では問題は全くない、と考える。
ただ、上記4人とも代表監督を受ける前にそれぞれスタッフとして大きな国際大会に関わっている。岡田氏は加茂監督の下でコーチ、西野氏は五輪監督、エデイの場合はスーパーラグビーという国際リーグのヘッドコーチ。
清宮の場合これがない。指導者としては単発の国際試合があるだけである。
先述したように、森保氏の場合日本協会が積極的に森保氏に国際経験を積ませたとも思える。その卓越した監督実績を踏まえ、将来の「代表監督」を見据えて、五輪代表監督、ロシアワールドカップのコーチを経験させ、その上での代表監督。
ラグビー日本協会もこのぐらいの「長期展望」が欲しかった。最終的に誰が次期代表監督になるにしろ、その有力候補として清宮氏をなんらかの形で大きな国際試合に参加させるべきだった。
まあそれは愚痴である。時間は戻せない。日本協会の「展望のなさ」であるとも言える。
この上は超有能な「国際派」スタッフをつけて清宮氏の「卓越した監督の力量」を代表監督として発揮してもらいたい。
いや今からでも遅くない。来るべき日本ワールドカップに何らかのスタッフとして清宮氏を全行程帯同させてはどうか。清宮氏にとって、日本ラグビーにとって、その経験は大きな財産になるはずだ。「代表監督・清宮」にとっての唯一の「危惧」もこれで解消される。

ま、「最良の選択であれば誰でも」とは言ったもの、やはり「清宮代表監督」、見てみたい。
彼がどんなメンバーを選び、どんなラグビーをするのかを見てみたい。
それは清宮氏が日本人であるからではなく、国籍・出身がどうであれ、清宮氏が卓越した実績と将来への展望を抱かせる清宮克幸その人であるからだ。










アイルランド代表











国境を超えたアイルランド代表チーム
5月に「NHKサンデースポーツ」で放送されたアイルランド取材。「国境を超えた代表チームとラグビーアンセム〈アイルランズ・コール〉」。
この企画、とても良かった。
一般の人が知らない、もしかしたらラグビーファンでも知らない「アイルランド代表」の真実を、私の知る限り初めてメジャーなTV番組で取り上げたものだった。 いやすでに知っていた人にとっても、映像つきでメインキャスターが取材に行くという企画が素晴らしい。

ざっと説明すると、アイルランド島は政治的国境としては英国からの独立を果たした「アイルランド共和国」と「英国内の北アイルランド」が存在する。
アイルランド当然「別の国家」である。それのみならず、この地域では宗教的対立等により内戦・テロが絶えなかった。互いの
家族や友人が多数殺されてきた歴史。世界的常識においては「憎しみの連鎖・報復の応酬」が起こって当然の中、ことラグビーにおいては、「アイルランド代表」としてチームを組む。もちろん統一「国歌」など存在しない。よってラグビー代表だけのための「ラグビーアンセム」が作られた。ラグビーにおいては歴史的憎悪、政治的対立を超え、「アイルランド人」としてともに歌い戦う。

キャスターの大越健介氏は番組をこうシメていた。
「これぞラグビーの素晴らしさ、スポーツの素晴らしさですね。」
えっ、このシメは事実と違うだろう。
スポーツの素晴らしさ?

サッカーの英国内ネイションは国境を超えない
ラグビーと同様、サッカーも、オリンピック以外では国際試合で英国「ユナイテッド・キングダム(U.K.)ではなく「英国内ネイション、イングランド・ウェールズ・スコットランド」とアイルランドとして戦う。しかしサッカーにおいてはアイルランドは、国境を挟んで「アイルランド共和国」と「北アイルランド」2代表が存在し、一つのチームではない。
つまりサッカーの事情はこの特集のテーマとは明らかに反する。「スポーツの素晴らしさ」と一括りにする表現は当たらないだろう。

スポーツで「国境を越え」ればいいってもんじゃない
一方スポーツで「国境を超えた代表チーム」といえば平昌オリンピックの女子アイスホッケーで、急遽、韓国・北朝鮮の「南北合同チーム」が組まれたという「事件」があった。
が、これも「政治的国境をスポーツが超えた」というアイルランドラグビーの精神とは明らかに似て非なるものであると言える。この場合、「政治によるスポーツ利用」「政治パフォーマンスにスポーツが利用された」と見るべきだろう。しかもオリンピック開催の20日あまり前に「例外的に認められた」北朝鮮の参加、そして「合同」などという完全なルール無視の暴挙・愚挙であった。スポーツ・オリンピック、選手・コーチ、対戦相手、ファン、全てを愚弄するものであった。

「政治的国境を越えて代表チームを組む」アイルランドラグビーのような例は他国には無く、世界一の人気スポーツ、サッカーなどでは決して見られるものではなく、「スポーツの素晴らしさ」と言うべきものではない。
これぞ、ラグビー「ならではの」素晴らしさなのだ。
いや、ラグビーあるところ常に「政治的国境を超える」わけではもちろんない。
南北朝鮮統一ラグビー代表などもちろん存在しないし。
つまりもっと正確には「アイルランドラグビーの素晴らしさ」と言うべきか。

追記〉クリケット・フィールドホッケーもアイルランド統一チームがあるという。 スポーツと一口に言っても世界的メジャースポーツ以外にもあり、それぞれの文化があるのだろう。その上でアイルランドという特殊な地域の事情は簡単には解釈できないようです。


「勝たねばならない理由」を持つ者の「実力を超える強さ」

ちょっと脇道にそれる。
70年代、ボクシングヘビー級で圧倒的強さ・破壊力を誇ってチャンピオンに君臨していたジョージ・フォアマン。全盛期の彼を倒したのは年齢的に盛りを過ぎたモハメド・アリだった。アリは「ベトナム戦争の懲役拒否」で無敗のままチャンピオンを剥奪されていたのだ。マルコムX率いる黒人解放運動にも深く関わっていた。「カシアス・クレイ」という「奴隷名」を捨て、「白人にあてがわれたキリスト教」をも捨て、イスラム教徒に改宗、名前も変えたのはもちろんこうした「政治的思想」による。
チャンピオン剥奪ももちろん単に「兵役拒否」だけでなく、こうした「反白人主流主義」への「報復でもあった。
アリ2














懲役拒否の無罪判決後ボクシングに復帰。そしてアフリカ・「キンシャサの奇跡」で3年7か月ぶりに王座に復帰。
敗れたフォアマンは後にコメントしている。
「アリには勝たねばならない理由があった。私にはそれがなかった。」


世界ランク1位のNZ、2位のアイルランドを支えるもの
さてもちろん現在アイルランドは、強い。

NZについで世界ランク2位!
世界で最も異民族尊重が進むNZが世界ランク1位。
世界で唯一国境を超え代表チームを組むアイルランドが2位。
こういう現象がラグビーにおいて存在していることは記しておきたい。
そういう「特別な事情」「特別な思い」が込められた「代表チーム」には、他にはない「絶対に負けられない理由」が存在する。
アイルランド代表。実力ももちろんだが、その実力をさらに倍加させる「理由」がある。
もちろんこうした「国境を越え、負の歴史を超えた」アイルランド代表のあり方に選手、「両国民」が全員賛同しているかは不明だ。不満を抱えつつ代表でプレイする選手もいるかもしれない。だが、であるからこそ「絶対に負けられない」との思いもまた大きくなるだろう。
手強いぞ。アイルランド代表。

オマケ
引退したフォアマンはその後キリスト教伝道師となる。そして教会建設の資金稼ぎのため、貧しい子に夢を与えるため、現役に復帰。45歳で奇跡のチャンピオン復帰を果たす。
この時のフォアマンには「勝たねばならない理由」が存在したのだろう。

意外なオマケ

ところでモハメド・アリら「黒人」は最近では「アフリカ系」と言われる。
だが米国の「黒人」のほとんどはまた「白人」の血も引いている。
モハメド・アリはアイルランドの血も引いている「アイルランド系」でもあるという。






オフロードパス、といえば今やラグビーの醍醐味の一つと言っても過言ではないだろう。
だがオフロードについては解説者の見解が分かれてオモシロイ。
どうにもオフロードが好きじゃない人がいる。
オフロードパスでミスでもしようものなら、
「こういうフィフティ・フィフティのプレイをしてはいけませんね。やはりタックルされたらきちんとダウンボールして次につなぐべきですね。」とか。
この人にとってオフロードはソニービルみたいな超一流のプレイヤーのみに許される特殊なプレイなのだろう。やるんだったら失敗するな、と。
でもどんなプレイでも失敗はつきもの。
ソニービル
そこへいくと後藤翔太氏の解説は納得がいく。
直接オフロードに触れたものではないが、地力が劣るチームが、その上リードされている時の打開策としてこんなことを言う。
「ここで打開するにはもう“針の穴を通すようなプレイ”を試みて成功させるしかありませんね。」
そうなのだ。弱いチームがなおかつ負けている時、逆転しようと思ったら5分5分のプレイでもダメなのだ。1分9分のプレイでもそれを選択すべき時がある。もちろんその選択によってさらに点差を広げられるリスクは当然ある。
それはチームの選択だ。このまま無難にソコソコの点差で負けるのか、あえてリスクを冒してでも逆転勝利を狙うのか。
だから後藤氏の解説は面白い。
去年は日野のコーチになって解説聞けなかったのが残念。
この人の解説でラグビー中継見るのは人生の楽しみの一つと言ってもいいんだけどな。

もちろんオフロードそのものは5分5分のプレイでも1分9分のプレイでもない。的確な練習を積んで的確に選択・プレイすれば他のプレイと同様、十分成功率の高いプレイとなりうる。
オフロードがうまい選手は同時にオフロードを「思いとどまる」のもうまい。
タックルされる、味方が来る、オフロードパスを出そうとする、だがここで敵にパスコースに入られるなど不都合が生じる。ここでぐっとパスを思いとどまってモールやラックに切り替える。このプレイもしびれる。オフロードが成功した時と同じくらいに。
ヘタクソな選手はこれができない。自分の都合とタイミングだけでボールを放してしまう。で、失敗して「オフロード嫌いのコーチや解説者」に叱られることになる。
日本では未だこんな「場当たり」的な「苦し紛れ」的なオフロードも多いように見える。
成田2
そんな中、「明治⇨サントリー」のウィング・成田秀平のオフロードはいい。明らかに練習を積み自分がタッチライン際でボールを持った時にすでにオフロードの準備がしてある。そしてタックル「させて」内側にフォロウに来た味方に余裕のオフロード。成功率100パーセントか。
あのプレイは好きだった。ソニービルみたいなアクロバテイックなあるいは変幻自在の華麗なプレイではないけれど成田ならではのプレイだった。
いや「好きだった」などと過去形でいうのは、サントリーなどという「ウィングの激戦チーム」に入ってしまって、出場機会が少ないから見る機会も少なくなってしまったから。
成田、もっと見たい。
あれ、成田のオフロードの画像が見つからない。ソニービルのはたくさんあるのに。
「成田のオフロードはいい」とか騒いでるの私だけ?



日本依存症学会は1日、記者会見を開き、中高年のラグビー経験者の間に「ラグビージャージ依存症」が広まっていると報告した。

症状としては、「ラグビージャージを着ていないと仕事など日常生活が送れない」「着た時だけは通常の1.5倍ほど能力が向上する。」「だが脱いだ後は無力感・倦怠感に襲われ、さらにはイライラ感が高じ、他者への対応に寛容さが薄れ攻撃的になる。重症者は幻覚・幻聴も見られる」など。
患者は基本的にラグビー経験者、特に以前の「襟付き・長袖・綿素材」でプレイした中高年に限られる。最近の「襟なし・化繊・半袖ジャージ」世代の経験者には見られないという。
ただ最近はプレイ経験のない男性ラグビーファンや女性にも症例が見られるとの報告もあるというが、年代的にはいずれも中高年。推定患者数は1万人を超える。


今回の発表に際しては学会内で、「禁断症状」が明確に発現するので、「依存症」と認定すべき、との意見がある一方で、現在のところ「実害」がないため「学術的認定」には慎重意見があったという。だが「禁断症状」がある以上、これが発現した時に事故・犯罪を誘発する恐れがあることは否定できない、との意見が大勢を占め、社会的啓蒙啓発の意味も込め認定し今回の発表に至った。
名称については当初、「競技スポーツ着依存症」の仮称が付けられ、格闘技を含め各競技団体の協力を得て調査が進められたが、ラグビー以外には統計的に有意義な症例は一切報告されず、「ラグビージャージ依存症」の名称が確定した。


「依存症」といえば以前は薬物のほかアルコール・タバコ・ギャンブルなどの「嗜好品」が対象とされてきた。昨年はネットゲームもWHO(世界保健機構)により「依存症」として登録もされている。近年はこれに加え、万引き・DV(家庭内暴力)・性暴力などの「犯罪行動」も対象と考えられるようになり、「治療法」の研究が進んでいる。最近では女子マラソンの元オリンピック代表選手が万引き依存症であり、治療中であることを公表し話題となった。
しかし今回の「ラグビージャージ」のような「衣服」がその対象となるのは極めて異例であり、世界的にも注目を集めることとなろう。厚労省の対策、予算の確保も急務となる。
日本依存症学会ではすでにWHOにも報告済。WHOとしては他国にこうした症例が無いかを調査したうえで認定の可否を決める方針という。関係者によると、他国に報告例がない場合、日本のみにみられる「風土病的依存症」との定義づけがなされるとの情報もある。

記者は「ラグビージャージ依存症」と診断されたKさん(60代男性・農業)に話を聞いた。
WIN_20190323_13_40_38_Pro






インタビューに答えるK氏

ーー依存症との診断を受けたきっかけは?
「市の定期健康診断ですね。いつも通りラグビージャージを着て行ったら、内科検診の担当医が興味を持って、いろいろ質問してきました。で大学病院でぜひ詳しい検査をしたいという事で県内のK大病院まで行きました。
ーー大学病院の検査はどんなものでしたか。
「県内外から30人ぐらいが来ていました。ラグビージャージを着た時と、ポロシャツを着た時、スーツを着た時に分けて、体力テスト、筆記テスト、心理テスト、後はグループトークでコミュニケーション能力を調べました。あ、アドレナリンの分泌量とかも測定してました。
ーー結果は教えられましたか。
「はい。ポロシャツ、スーツの時はどの検査結果もひどいもんでした。体力テストなど70代後半並みと言われましたから。
ーーラグビージャージを着た時は?
「体力テストは30代前半と言われましたね。他の検査項目は年齢には置き換えられないけど、数値換算すると、ラグビージャージを着た時は1.5倍から2倍程度能力が上がるってことでした。
アドレナリンの測定値もかなり上昇したと。
ーー驚いたでしょう。
「いえ、まあ自覚はありましたし。納得感の方が大きいです。」
ーー現在何かの治療は?
「まあ私の場合、職業柄服装は自由ですし、実生活に影響はないので特に治療は必要ないとのことです。ただたまに葬式とかあればラグビージャージってわけにはいかないので、事故など起こさないように医者からはリポビタンDのジャージキーホルダーを処方されました。ええ、これでも身に着けてると、ある程度禁断症状の抑止効果があるって話です。幻覚とかある重症の人にも一定の効果はあるらしいです。いえ、保険は適用されませんでした。」
キーホルダー
ーー社会に訴えたいこととかは?
「この先患者が事故や事件起こしたとしても、病気なのでどうか温かい目で見て欲しいですね。
ラグビージャージさえ着てれば社会的に無害な病気ですから。だからこれからは社会のどんな職業でもどんな場所でもラグビージャージが着られる「ラグビーに優しい社会」になって欲しいです。
あと、ジャージキーホルダーの処方には健康保険の適用をしてほしいですね。」

<ラグビーに詳しいスポーツライター 藤島特大氏の話>

とても納得のいく症状ですね。ただこの患者たちを病気だからと排除する方向に考えるのではなく、むしろ「資源」として有効活用することを社会は考えた方がいいと思うな。ラグビージャージ着るだけで能力が1.5倍とかなるならまさにこれは「新たな資源」ですよ。労働力不足解消、少子化対策にも有効かもしれない。中高年の女性がラグビーファンになってジャージを着れば妊娠出産も可能かもしれないし。だから対策というより社会として推進する。ラグビーファンが増えればさらに資源の獲得になると。そう考えた方がいいですね、ドラマが生まれる。

<追記>
この記者会見の後、現在「襟付きラグビージャージ」で圧倒的シェアを持つ「カンタベリー・オブ・NZジャパン」社を子会社とする「ゴールドウィン」社と、ジャージキーホルダーを生産する「大正製薬」両社の株式は買い注文が殺到。最高値を記録した。

昭和49年。
秩父宮ラグビー場はこの前年よりスタンドの改修工事が始まっていた。だが解体は終了したものの、翌年以降「予算が付かなかった」とかで工事は中断。この事態は大学ラグビーの人気カードや日本選手権などが国立競技場で開催されるきっかけともなる。
「人気カード」以外は大学の練習グラウンドで公式戦が行われた。横浜の三ツ沢競技場も使われた。八幡山、東伏見、三ツ沢にはよく通ったものだ。当時私は受験生。何やってんだか。


一方、秩父宮はスタンドもフェンスも管理人もないまま放置されていた。

そんな中、当時高3だった私はしばしば授業をさぼって、ぶらりと秩父宮を訪れ、当時珍しかった芝のグラウンドを楽しんでいた。時に昼寝をし、時にボールを持ちこみゴールキックの練習などしていたものだ。
その日も秩父宮に入る。いつもと違い人の気配が。みんなジャージ姿だ。
ああどっかのチームが練習場として利用しているのだな。
と見ると、あ、あれは宿沢、あれは寺井、やや村田も横井もいる。植山、森、原、小笠原、石塚も。
「全日本の練習だ!」
もちろんスマホもカメラ付きガラケーもない時代。
翌日は小学生の時買ってもらった「オリンパスペン」を引っ提げてラグビー部の友人も誘って再訪。
いやまてよ、その日のうちに家にオリンパスペン取りに行った気もする。う~ん、思い出せない。
(注・当時は他の競技も含め、「日本代表」とは言わず「全日本」とよんでいた。)

この記事ではこの時の写真13枚を45年目にして初公開。合わせて当時の日本代表を振り返ってみる。

ただし例によって全て現在の私の記憶に基づく。検索・事実確認など一切しないので間違い・思い違いもありうることをお断りしておく。(ただ名前の間違いは失礼にあたるので伊藤忠ユキ氏・石塚武オ氏については確認の上それぞれ、忠幸氏、武生氏と記した)
登場する選手達は当然すでに現役を引退し、他界された方もいる。もちろん私よりも「先輩」であり、お名前には「敬称」をつけるのが礼儀と言うものだろう。だがここではあえて当時の私のあこがれと敬意をこめて「呼び捨て」とさせていただく。

この時期、翌年にウェールズ来日を控えての合宿だったのではないか。皆、神宮球場方面から歩いて秩父宮に来ていた。日本青年館あたりが宿舎だったか。
この日、コーチ・監督などはいなかった。選手たちの自主練習だったか。
いやこの合宿、その後も何日か行ったが監督コーチは見た覚えがない。当時は専従監督もいない時代。夜のミーティングと日曜ぐらいしか出なかったのだろうか。当時の監督が誰だったかも思い出せない。日比野弘氏あたりかな。
メディアの姿も一度もみなかった。

秩父宮5














前から坂田(近鉄)、伊藤忠幸(リコー)、そしてキャプテン横井章(三菱自工京都)。
(2番目はもしかして違うかも)
これFWの練習。仮想ラックに突っ込む。これ私らもやっていたが、今思えば実戦には結びつかない練習。現在は絶滅した練習だろう。
だがバックス3人の重鎮が楽しそうにかつ真剣に取り組む姿勢がうれしい。
下の写真がこの後の図。メンバーは違うが。

秩父宮4












左から原進(近鉄)ひとりおいて寺井(新日鉄八幡)小笠原(近鉄)。FWの重鎮3人。
原は後のプロレスラー「阿修羅・原」リングネームの名付け親は作家野坂昭如氏。当時中年すぎてラグビーを始めて話題になっていた。原は1・3をこなすプロップ。体重は80㎏そこそこだが、当時の日本のプロップは皆そんなものだった。プロレスラーになり100㎏を越えた原は「この増量ノウハウをラグビー界に伝えたい」と語っている。どこかの世界選抜に日本人として唯一№8として出場した。原が着ているのはフランスの代表ユニフォーム。前年の英仏遠征でのフランス戦でジャージ交換したものだろう。
寺井は日本ラグビー界待望の190㎝越えのロック。ただし寺井引退後は190㎝代のFWはしばらく途絶える。
小笠原もロック184㎝。これでも当時大きい方だった。大学ラグビーなどでは170㎝代のロックも珍しくなかった時代。当然豪快なプレイが持ち味だったが、2・3人吹き飛ばした後、周りを見てパスコースを探すような「余裕の技巧派」でもあった。引退後は母校弘前実業でラグビーを教えていた。ただし本人がラグビーを始めたのは高卒後の自衛隊だったような。(元祖福坪?)
ロックでは、この日はいなかったが、当時リーグ戦2部だった東海大の袋舘龍太郎がいた。スロワーの石塚と二人で来てラインアウトの練習を繰り返していた。
秩父宮12
№8村田義弘(リコー)
寺井に次ぐ長身185㎝。ただし今から見るとかなり細身だった。
日本選手権でのトライ後のガッツポーズは当時のラグビー界では異例だった。あんまりかっこよくて同じ№8だった私はトライ後そのポーズを真似したものだ。
ちなみに写真の右側は私。

№8といえば当時東洋大に佐藤肇という選手がいた。デカい体でランもキックもパスもこなし、決して強豪ではなかった東洋大を、攻守とも一人で牽引していた。ペナルティ時のタッチキックなども彼が蹴っていた。ゴールキックも蹴っていた気もするがこれは確かではない。
とにかく大学生の中に一人Nコムのブリッツあたりがいる感じ。異次元の存在だった。これは将来の日本代表の主力を担う才能だ、と思ったものだ。学生代表にも早慶明選手ばかりの中で一人選ばれていた。
だがその後の活躍を私は知らない。
「消えた天才」か。
秩父宮7














左からロック柴田(東京サンヨー)、小笠原、ウィング金指(早稲田)、原、プロップ黒坂。
うーん、金指と黒坂は自信がない。(追記・黒坂はフッカーとの有力情報がありました)
柴田も184㎝ぐらいだったと思う。
背景はメインスタンド側だが、ただの土手。改修中はこんなだった。
秩父宮11
















言わずと知れた宿沢広朗と寺井。
一番の長身と短身二人を呼びつけてポーズを取ってもらった。
今思うと冷や汗モノ。
宿沢はこの時大学卒業後かな。
早稲田卒業後はチームには属さず銀行マンに。たぶんこのウェールズ来日ぐらいでプレイヤーとしては引退したのではないか。後に代表監督。
この黒地に白のアニメジャージは野坂昭如氏主宰のアドリブクラブのユニフォーム。さすがクリエイターたちが集まったクラブ。デザインセンスが違う。
秩父宮14












手前の縞ジャージは明治のキャプテン、プロップ高田司か。
一番右は早稲田の3年石塚武生。
4年でキャプテン。後にリコー。
小柄なフランカーの代名詞。170㎝だったか。
この翌年来日したウェールズにぼろ負けした中で、ウェールズのウィング、100m10秒6のウェールズ記録を持つJ.J.ウィリアムスが独走態勢に入るが、フランカーのバックアップコースを忠実に「カニ走り」して猛タックルで止めたシーンは今も目に焼き付いている。
秩父宮10













宿沢のパスを受けるFB植山信幸。早稲田の4年。日本で初めてプレースキックにインステップキックを持ち込んだ。ハーフウェイからのゴールは時にスクリューキックとなりゴールに吸い込まれ、観衆の度肝を抜いた。
インステップキックを見慣れていない我々はそういうものかと思ったものだが、これ以降あんなボールの回転は見たことがない。

宿沢のパスにも注目。
現在はショートパス以外は基本スクリューだが当時はボールを無回転で相手に届けるのが「正しいパス」とされた時代。入部するとまずこのパスができるようになるまで練習した。
ただこのころからぼちぼちスクリューパスが導入され、ビッグゲームでボールボーイがスクリューパスでボールを返却したりすると会場がどよめいたものだ。

写真ではSHは宿沢しか見当たらないが別の日には今里(近鉄)と松尾雄治(明治→釜石)の姿もあった。
あの松尾は当時SHだったのだ。スタンドオフになったのは釜石入ってからか。(追記。この時松尾2年。翌年にSO転向との有力情報がありました。)
SHとしての松尾は当時から「天才」とは言われたものの必ずしも評価は高くなかったと思う。なにしろ今里・宿沢のような従来のSHのイメージとは違いすぎた。
当時のSHはとにかくよく飛んだ。現在のように密集(ブレイクダウンなんて言葉は当時なかった。)周辺のSHがルールで守られていなかったというのもあるし、スクリューパスがなかった時代、小柄なハーフが「伸びのあるパス」を投げようと思えば飛ぶしかなかったというのも理由だろう。また「飛ぶ」という気合の入ったプレイで見方を鼓舞するという意味もあったかもしれない。
そんな時代、松尾はほとんど飛ばなかった。すでにスクリューパスをマスターしていたし、何より判断力と読みが売り物だった松尾にとって「飛べば次の動きが遅れる」ぐらいの気持ちだったのだと思う。(宿沢も判断力と読みが売りではあったが。)
そんな松尾だが、ここでのパスの反復練習中、誰かに「飛べ!」と声をかけられて最後の一本だけいやいや飛んでいたのを覚えている。
少なくとも当時の日本では彼の「天才」を生かすにはスタンドオフへの転向は大正解だった。

秩父宮6














手前、宿沢の隣は有賀健(日体大)。サントリーの有賀剛の父親。日本のスポーツ界では珍しい「父子二代の名選手」。
ちなみに有賀健の日川高校の同級生にはプロレスのジャンボ鶴田、サッカー日本代表の清雲がいたという。
秩父宮3














中央が藤原優。日川高校時代に代表に呼ばれる。174㎝(?)70㎏代の体格は当時のバックスとしては「巨体」だった。ウィングとセンターをこなす。
当時来日する外国チームにぼろ負けしていても、最後には藤原が1トライは決めて、ファンの留飲を下げさせてくれたものだ。
現在は絶対にありえないことだが当時は例えばケンブリッジ大が来日しても最終戦は「全日本」が対戦していた。国代表が他国を訪れた場合、現地の単独チームと対戦することはあるが、単独チームが他国を訪れて国代表と対戦するなど世界の常識外、だった。当時日本はそんなレベルだったという事だ。実力的にも国際常識的にも。

藤原の左は法政出のセンター吉田か。当時センターの12・13は現在の「インサイド・アウトサイド」ではなく「左・右」だった。「インサイドセンター」の概念を導入し、自ら実践したのは後の平尾誠二だと思う。
藤原の右、赤いジャージはリコーのフランカー6番井沢か。
フランカーの「6,7番」も現在のような「ブラインド、オープン」ではなく「左、右」だった。この時代の7番と言えばあの山口良治。後のスクールウォーズである。当時は京都市役所。代表のゴールキッカーも務めていた。このころはトウキック。この合宿では見かけなかったような。

秩父宮13
















左から、藤原、センター森重隆(明治→新日鉄釜石)現ラグビー協会会長、石塚。
森はまだヒゲを生やしていないか。170㎝に満たない、60㎏代は当時としては極端に小柄なわけではなかった。ただ外国に行くとセンターと言っても信じてもらえなかったとか。
彼をしのぐキレキレのステップと瞬時のスピードは未だ見たことがない。あ、福岡が匹敵するか。タイプは違うが。
(う〜ん。これ森じゃないかも。森にしては大きい気もする。果たして森に「ヒゲなし時代」があったのか、とも)

秩父宮8



















左は早稲田のスタンドオフ中村康司。宿沢と同期。
この日の写真にはないが、この時代のスタンドオフと言えば井口と蒲原。
蒲原は早稲田卒業後チームには所属せず「天理教本部」勤務だった。そんな形で代表を続けていた。
当時は選手交代は「負傷の時レフェリーが認めたときのみ2名まで」だったので、中村、代表での出番はほぼなかったと思う。

秩父宮9














これも中村と植山。


秩父宮15





この合宿最年少の藤原。ボールのかたずけは彼一人の仕事だったかも。もちろん革製紐編みボール。



この写真にはフッカーが一人も登場しない。時代的には大東和美(早大出)がいたはず。ただ彼もスタンドオフ蒲原、宿沢らと同様、卒業後はチームに所属しなかった。それでいて3人とも代表選出。まあのどかな時代ではある。3人とも早稲田。
大東は後にJリーグチェアマンになる。


この後、秩父宮の改修は無事終了するが、この間空前の「大学ラグビーブーム」となる。
国立競技場の早明戦は観衆6万を超え東京オリンピック以来の満員を記録する。当日現場の観客席にいた私はバックスタンドの聖火台の下、ゴール裏まで人で埋まるのを友人たちと呆然と見つめていた。いったい何が起こったのだ、って。
このため、秩父宮完成後も大学の人気カードはしばらく国立競技場でおこなわれることになる。
岸体育館内のラグビー協会で手に入った「学生部員券50円」も廃止された。















福井翔太2














高卒トップリーガー
福井翔大


「強豪国」では「大学生世代」がチームの主力にいるのは普通である。

国際試合やスーパーラグビーの中継などで、20歳そこそこの選手が主力として活躍していたりする。
これを実況する日本人アナが「この選手、日本で言えば、大学2年生ですからねえ。」とため息まじりの実況。答える解説氏も「そうですねえ、こういうの強豪国では普通ですからねえ。」と羨望のコメント。
よくある光景である。で、終わり。
ちょっと待った。
なぜ強豪国では「20歳そこそこの選手が中心として活躍するのか、日本ではそうならないのか」、ちょっと考えればわかる。いや関係者は皆ホントは判っているのに言わない!

伸び盛りの「大学生世代」をどう過ごすべきなのか

答えは簡単である。日本では高校から大学を経てトップリーグに入るのがお決まりのコースでそれ以外は実質ない。からだ。
18歳から20歳過ぎの、ある意味アスリートとして一番の伸び盛りを大学で過ごすのかトップリーグで過ごすのか、その成長度には、普通に考えて格段の差があるだろう。
代表やトップリーグチームの「中心」となりうる「才能」にとって「大学生選手」はいわばみんな「格下」かせいぜい「同格」だ。その中で日々練習をし、また試合をする4年間。
一方で18歳でトップリーグに入れば周りはみんな格上、チームメイトにも対戦相手にも日本のトップ選手どころか、今は世界のトップ選手がいたりする。そういう中で日々練習をし、また試合をする毎日。
どちらが「代表級の才能を持つ選手」にとって成長を促すのか論じるまでもない。
もちろん個人差はある。どのジャンルにも「遅咲きの才能」というのは存在して、プロ野球でも、大学や社会人を経たからこそ後に大輪の花を咲かせた、という選手もいるだろう。背伸びして18歳でプロ入りしなかったからこそ成功をおさめたのだ、と。もちろんそれはそれでよい。

プロ野球・サッカーは高卒が主流である
ちなみに現在のプロ野球、あるデータにより全選手を見ると高卒選手317人、大卒選手230人だそうだ。ラグビーのような「お決まりの、たった一つのコース」ではない野球界の自由な進路としてはまあ妥当な所なのだろう。ただやはり高卒の方が約1.5倍多いところは留意したい。
(ちなみにこのデータでは他に高卒社会人55人、大卒社会人113人、その他22人とある。)
もちろん数の比率だけの話ではない。高卒入団後数年で(つまりは大学世代で)チームの主力になる選手が多数存在することは皆さんご存知の通り。
私の世代だとやはり入団2年目の江夏が奪三振新記録401を作ったのが強烈な印象として残る。この年25勝、26完投。19歳で完全に「日本のエース」だった。
(追記・新しいところでは今年高卒2年目、19歳のヤクルト村上が現在セリーグ打点王。)
ただし野球でも十代でチームの主力になるのはやはり例外で、この時期はまず「体作り」。
ラグビーの場合その競技の特性から、野球以上に十代でチームの主力になるのはかなり困難だとは思う。野球以上にまず「体作り」。

サッカー界も見てみる。今度は全然別のデータ。
先日のアジアカップ日本代表メンバー。
惜しくも準優勝に終わったが特に準決勝のイラン戦など今後に大きな期待を持たせる戦いぶりだったといえる。
その代表23人に追加召集の3人を加えた26人。大卒プレイヤーは東口・シュミット・室谷・塩谷の4人のみ。長友・伊東・守田・武藤は大学に進学しているが在学中に「特別指定選手」になりJリーグチームに所属し練習をし試合にも出場している。
ここでは「学歴」の話をしているのではないので「大卒プレイヤー」に加えるべきでないのは当然である。
さらにあの大会を通じて皆が認めたレギュラー11人、プラス10番を与えられながら負傷離脱した中島を加えた12人を見ると全員が高卒。さらには高校の部活選手上がりではなく早くからJクラブの下部組織で育った選手も多数いる。
「年齢的に大学生世代」も3人か。まさに球技のチームスポーツの世界標準であるといえよう。
少し前なら柱谷・名波・井原・中山ゴンなど大卒選手が主力に多数いた時代から見ると隔世の感がある。

高卒ラガーだってやれるぞ
日本ラグビーのこうした傾向はムカシからのものである。ただ以前は「新日鉄釜石」という例外があった。松尾・森両氏の大学スター以外は皆地元東北出身の高卒選手。彼らを鍛え上げての7連覇はまさに偉業であり高卒選手の希望でもあった。こうしたユニークかつ実績を上げたチームは現在見当たらない。
(追記・今年釜石のヘッドコーチに就任したピアースが「地元の高卒選手を育てたい」としている。「釜石の伝統復活か」と今から楽しみではある。)
サニックスで高卒からクラブチーム経由(あるいは自衛隊経由)の選手が活躍しているのはうれしいが、これはまた違うレベルの話。他クラブでも高卒選手はいないわけではないが主力ではない。一昨年豊田自動織機で「高卒キャプテン」をしていた高田には注目していたが釜石に移籍したそうだ。

そんな中、去年、東福岡高校のキャプテン福井翔大が大学に行かずパナソニックにプロ契約入団した。かねてより上記の思いを抱えていた私にはとてつもなく喜ばしいニュースだった。
福井自身この道を選んだ理由としてこう述べている。
「同世代のアイルランド代表と対戦して力の差を感じた。
彼らはこの後プロに進む。そしてまた力をつける。これ以上差をつけられないためには自分もプロに進むべきと感じた。」
日本社会は一つ前例ができれば一気に動くことも少なくない。他チームもパナソニックも引き続き高卒選手のスカウトに動くだろう、高校生側もこれに応えるだろう。
と思っていたのだが、今年はどうなったのだろう。私の情報収集力では何も聞こえてこない。

御所実業のメイン平がNZに留学するという話のみだ。もちろんこれはこれで喜ばしい。がんばってほしい。
だが父がNZ人の彼の例は松島幸太郎などと同じくあくまで特別な環境下での選択であって、残念ながら日本のラグビー界の普遍的な前例にはならない。

もちろん私は「有力選手を大学になど行かせるな」と言っているのではない。自らの人生設計の中で、あるいは保護者との話し合いで「大学進学」も選択肢の一つである。
ただその場合サッカーの「特別指定選手」のような形で在学しながらトップリーグに入団することは充分に可能だろう。実際2年前だか筑波大の山沢は在学中にパナソニックに入団した。これは当時あまりに「異例」であったが、これが「異例」ではないようなシステム作りも求められる。

高卒トップリーガーの行く手を阻害するもの
今年、あるいはこれ以降、福井翔大に続く者が出ないとしたらその原因は何なのだろう。
「高卒プロラグビー契約などという訳のわからん世界より、マトモな人生設計として、皆、大卒社員ラガーを希望しているのだ」という考えもある。実際、福井の母親も将来を考えて「進学」を勧めたとはいう。だが福井は「高卒プロ契約」を選択した。
またパナソニックに有力選手が集中するのも全員「プロ契約」だからだという話もある。
そうなのだ。他の競技にしても「才能とやる気がある選手」はやはり「プロ契約」を望む。そしてその気概なければもちろんプロとしての成功はおぼつかない。
そう考えると「高卒プロ」が広がらないのは決して「人生設計」などのせいではないと思われる。
それよりは、高校生選手、協会、メディアそしてファンにこびりついて離れない「大学ラグビー大好き感覚」、ではないか。日本ラグビーでは長年大学ラグビーが人気の頂点を支えてきた。
たしかに高校の有力選手が皆トップリーグや海外にいったら大学ラグビーはだいぶさびれてしまうのは避けられないだろう。大学野球がプロ野球と高校野球に挟まれて目立たない存在であるように、あるいは大学サッカーが同様の位置づけであるように、大学ラグビーはトップリーグと花園の間に埋もれてしまう運命が待っている。
だが将来の日本のラグビーの発展と強化のためにどういう選択がいいのかはもはや論じるまでもないだろう。
あとはその「理想的選択」のために何をすべきか、を決定するだけである。
従来通り、企業チームと選手の「自由な選択」に任せるのか。
あるいは協会が主導して日本ラグビーの強化・発展のために「高卒トップリーガー」が生まれやすい環境を整備するのか。
前述した「学生トップリーガーも選択肢として提示できる環境」「セカンドキャリア」「契約形態」などを総合的に模索し一つの「形」を提示できるのか、である。
それとも「大学ラグビーの人気と感動」を維持するために、高校生が直接トップリーグ入りする道は従来通り限りなく狭くして、選手の強化は二の次、代表の強化は来日外国人選手任せにしますか


そうではないだろう。
「福井翔大に続け!」


【追記】
プロ入り後1年を振り返って福井翔大のインタビューが先日放映された。
「濃厚な一年でした。何もかも歯が立たなかった。」
「何も追いつけない状態にショックを受け続けて、辛いことも多かったけど」
「素晴らしい環境に入れて幸せだった。」
彼の目は、この1年をプロとして過ごしたことの「自信」と、未来への「希望」に輝いていた。

【追記2】2022.3月
その後も高卒有望ルーキーのトップリーグ・リーグワン入りは報じられない。
ただ李承信は20歳で帝京大を中退、コベルコ神戸スティーラーズに入団、2年目の今季は堂々のレギュラーを獲得している。
またメイン平同様、高卒後日本の大学を経ずにNZにラグビー留学、帰国後リーグワン入りという流れもわずかだが見られるようになった。
藤井達哉(宗像サニックスブルース→NECグリーンロケッツ東葛・SH)は20歳でトップリーグデビュー。
日野レッドドルフィンズの北原璃久(久我山→オタゴ大)や吉川遼(久我山→ワイカト大)なども今季は先発出場を果たしている。









毎年少しずつルールが変わるラグビー。

ここでは約半世紀さかのぼって47年前。私が高校1年でラグビーを始めたころのルールを振り返ってみる。
時に昭和47年(1972年)。実はこの翌年は現行ルールにつながる多くのルール改正が行われ、ルール改変の歴史でも大きな節目だった。したがってその前年のルールは今から振り返るとなかなかすごいものもある。

ルールの変遷を知ることは「ラグビーとは何であるのか」を考える一助となるだろう。

ただし資料を当たるのではない。あくまで私の記憶をさかのぼる。

少なくとも高3当時は「競技規則」全てを頭に叩き込んでいた自信はあるが、さすがに45年たって、どれだけ正確かは正直なところ判らない。間違い・思い違いがあれば、指摘して頂きたいと思う。
一方現行のルールについてはラグビーファンとして最低限の常識は身に着けているが、高3当時のような「競技規則全てを頭に叩き込んでいた」ような状態ではない。したがってここでも間違い・思い違いは充分起こりえることもあらかじめ断っておきたい。

ともあれこの稿は、以前に投稿した「当時の日本代表を振り返る」と同様、私の記憶力テストでもある。菅平
















昭和47年の菅平
真夏の土煙が舞う。
このころ芝のグラウンドなど一面もなかったと思う。もちろん人工芝などない時代。






1.グラウンド

単位は現在のような「メートル」ではなかった。「ヤード」。

22mラインは25ヤードライン。

10mラインは10ヤードライン。もちろんペナルティ時の後退義務も10ヤード。
味方ペナルティ時の、FWリーダーKさんの「10ヤーズバーック!!」の声が今も耳に残っている。

15mラインはなかった。

したがってラインアウトはどれだけ長くても良かった。もちろん実際には反対側のタッチに届くほどの列を作ることなどなかったが。
ラインアウトでの反則再開ポイントは反則地点。

ゴール前の5mラインも無かった。よってゴール前のノッコンやスローフォワードなどのポイントはその行為の発生地点。発生地点がインゴールの場合は再開ポイントはゴールライン上だったと思う。ただしスクラム時は、ゴールライン側チームののフロントロウの足はゴールラインより前に置く。つまりゴールライン上でノッコン等あってもポイントはその地点ではなく、ハーフウェイ寄りにずらすという事。
ゴール前のタッチでは再開ポイントはゴールラインぎりぎりってこともあった。
ペナルティ時はどうだったのか。5mラインが無いのだから他の場合と同様。反則の発生地点からだとも思うが、ゴールラインぎりぎり上からのスタートってのは無理がある。うーん、思い出せない。「仮想の5メートル地点」とかの規定だったのだろうか。


「ヤード」が「「メートル」に変わったのは高2の時だったと思う。

15mラインとゴールからの5mラインが設けられたのも同時期、か、その1年後くらいだと思う。
これができた時は、タテヨコ2本ずつラインが増えて「ラグビー場が碁盤の目のようになった」などと思ったものだ。


聞いた話では以前は25ヤードラインもなく、しかも「ダイレクトタッチ」の概念もなく、攻撃側はタッチに蹴り出せばその分だけ前進でき、相手方はマイボールラインアウトからまたタッチ、という試合展開が多く、これではボールゲームとして面白くない、という事で、25ヤードラインと「ダイレクトタッチ」のルールが作られたという。

現在ではキックの地点が22メートル内であっても「味方が22m内に持ち込んだ場合」はダイレクトタッチとされるが、このころは見方が持ち込んだ場合でも良かった。 時にボール保持者が自分で22m内に持ち込んでタッチキックを蹴ることもあり、これを「余裕のプレイ」と見るか「消極的プレイ」と見るかは意見が分かれたと思う。


2.スクラム

現在のようなレフェリーのコールはなく、互いが呼吸を合わせて組んでいた。相撲の立ち合いと同じである。レフェリーも行司と同じ。上手く息があって組み合えば自然にゲームが再開される。

組む前にプロップが互いの肩に手をかけることも義務付けられていなかったと思う。ただし手の届く範囲からは組み合っていた。

これも聞いた話だが、以前はその規定もなく、スクラム時は数メートル離れたところから互いに突進して組んでいた時代もあったという。

組んだ後のプロップの手の位置は現在のように対面に掛けることが義務付けられてはおらず、特に1番の場合、左手を自分の膝に置いて安定姿勢を取る事が多かったと思う。

このような大雑把なものだったので当然スクラムの反則を取ることはほとんど無く、スクラムが崩れば何度でも組み直していた。

スクラムの人数も規定はなく、フロントロウ3人だけで組むのもアリ。
スクラムを回すのもアリ。スクラムが弱いチームはとにかく回してその場をしのぐのも作戦の一つだった。
攻撃側が回して№8が左にサイドアタックって作戦もあった。

SHによるボールインのタイミングは自由で、スクラムが弱いチームの場合、組んだ瞬間にボールを入れてフッカーはダイレクトで出し即バックスに展開、といった作戦が取られた。

ただしノットストレートは現在より厳密で特にスクラムが弱いチームの場合。1試合にいくつかは反則を取られたものだ。スクラムのノットストレートには「カンニングボール」なんて俗称もあった。
ノットストレートが厳密である分、相手方フッカーのフッキングの力量で相手ボールを
奪うことも可能だった。
したがってフッカーは自ボールを確実に確保する技術、相手ボールを奪う技術の向上に日々努めていたものだった。

スクラムのオフサイドラインは現在のような5m後方ではなく最後尾のライン。

スクラム












昭和47年のスクラム
1番I君の手が自分の膝にある




3.ラインアウト

前後左右とも間隔距離の規定は無し。敵味方グシャッと並んでボールを取り合っていた。で、「ラインアウトは反則の巣窟」などと言われていた。
(いやまてよ、なんか2フィートって数字が頭に残っている。相手との間隔、2フィートって規定だったかも)
その後、高2の時に前後の間隔が規制されたように思う。

リフトアップは反則。当時あるOBが「エレベーター」という「裏技」を教えてくれて、試合で使ったがスグにバレてペナルティ取られた覚えがある。その当時わが校には185㎝の長身ロックNさんがいた。たぶん当時の高校生では全国でも最長身クラスだった。大学・社会人でも185を超える人はそうはいなかった時代。
そのNさんを「エレベーター」すれば、そりゃバレるはなあ。

ラインアウトのオフサイドラインも味方の最後尾だったか。

10m後方になったのも高2の時。

人数をボール投入側に合わせなくても良かったが「長さ」はボール投入側より長いと反則。


4。モール、ラック

アンプレイアブル時は常に直前のボール保持側のボールでスクラム再開。この規定はその後たびたび変更が繰り返され、現在に至る。
モール時のレフェリーのコール、「ワンストップ」とか「ユーズイット」などはなかった。モール・ラックはどうにもならなくなるまで続行された。
コラプシングの反則もなかった。私など、モールが押されるとモール事タックルして崩していたものだ。
あぶないなあ、今考えると。

5.フリーキック

当時はフェアキャッチ後以外は「フリーキック」は無かった。現在のような「軽い反則に対するフリーキック」は無かったという事ですね。 フリーキック時、相手方は10m下がらなくてよく、マークのポイントまで出ることができた。しかもキッカーがモーションに入ればチャージに出てよく、したがってフリーキック側はチャージされないためにはマークより数メートル以上下がってキックをした。
しかもフリーキックはマークポイントを越えなければならず、現在のようにタップキックからスタートというのはできなかった。

フェアキャッチができるのは現行の「22メートルライン内」ではなく「自陣」であったような。
どっちにしろ、フェアキャッチなどめったにするものではなく、特に高校生などがしようものなら、みんなあっけにとられたような反応だった時代。
現在フェアキャッチはキッキックオフのボールに対してはできないが当時は可能。このころではないが後にキックオフからのフェアキャッチが流行ったことがあった。
〈追記〉
フェアキャッチ時の規定について貴重なご指摘を頂きました。
そうでしたそうでした。以下追記です。
「マーク」のコールは静止してかつ片足でマークポイントを明示しなければフェアキャッチは認められなかった。
その後「両足をついて静止」でよくなり、さらに走りながらでも、さらにはジャンプして空中でも認められるようになり現在に至る。
また「マーク」の声が審判に聞こえなかった時のためだろう、キャッチ後腕を「カギ型」に曲げてマークの意志を表示することも規定された。
マーク

 























.反則

基本的に「危険な行為」は現在と変わらないが、その適用は現在より甘く、よほどの事がない限りこのペナルティはなかったように思う。

キック時のレイトチャージも現在のように「ボールの落ちた地点から(オプション)ペナルティキックで再開」ではなく、その地点での再開だった。その後「ボールが落ちた地点でスクラム再開」とのオプションとなり現行ルールへと至る。

シンビンはなかったしレフェリーはイエローとレッドのカードも持っていなかった。。ひどい反則にはレフェリーの判断で警告と退場が宣せられた。


.ペナルティキック

ペナルティからのタッチキックの場合、現在のようにマイボールからのラインアウト再開ではなく、通常のタッチキック同様、相手ボールのラインアウトで再開。

したがって現在のように「ペナルティからタッチに出して再開」という選択は自陣25ヤード内からの脱出、という時ぐらいで、大抵はハイパントか、タップキックからの展開あるいはFWの突進などのサインプレイで再開していた。


.インゴール

現在のように「タッチインゴールやデッドボールラインを越えて攻撃側がボールを蹴り出したときは蹴った地点から防御側ボールでスクラム再開」ではなかった。25ヤードラインからドロップアウト。キックオフ時も同様。

したがってロングキッカーがいるチームはキックオフ時や通常のインプレイ時、ハーフウェイ前後から力任せにボールをデッドボールにケリ出せばドロップアウトで再開、相手陣でマイボールで攻撃というのが流行った。これでは試合がつまらなくなると現行ルールが考案されたのはだいぶ後。


.選手交代

選手交代は原則無し。怪我などでやむを得ないとレフェリーが判断し許可した時のみ2名まで交代が認められた。さらにさかのぼれば交代は一切なし、だったという。


10.レフェリー

現在の「アシスタントレフェリー」はあらゆるジャッジを補佐する。

が、当時の「タッチジャッジ」は、タッチとゴールキックの判定を補助するだけだった。

したがって公式戦でも両チームの関係者がこれを務める事が認められていた。

高校生などのチームでは補欠選手がタッチジャッジを務めることが多く、ひどいチームになるとルールもろくに知らない1年生にやらせることもあって、ダイレクトタッチも知らなかったり、どちらの手を上げるかを知らないなんてこともあった。

いやもちろん私の高校ではそういう事はありませんでしたが。WIN_20180916_17_11_31_Pro


昭和50年ころのスパイク
SUZUKI製
(撮影は最近)









11.得点

トライは4点。
ペナルティゴール3点、ドロップゴール3点、トライ後のゴール2点は今と同じ。
ただし当時は「トライ後のゴール」が決まった場合、トライを合わせた得点がキッカーの得点としてカウントされた。
例えば藤原がトライすれば藤原が4点を稼いだことになる。だがその後のコンバージョンを植山が成功させれば個人記録は植山6点で藤原の個人得点は消える。 この頃日本代表のニュージーランド遠征があったが、通算個人記録は当然植山がダントツだった。
トライの得点、以前は全て3点だったと聞いたことがある。
さらにさかのぼればトライは得点にならなかったとか。つまりトライはゴールを狙う「試み」を得る権利が与えられたという事。だから「トライ」。
つまり原始ラグビーにおいてはラグビーは「ゴール数を競う競技だった」という事。 だからすべてのゴール得点は1。当時の試合では例えば8−0の試合は「大差」だった。
その後トライ「にも」得点が認められ、3点さらに4点、5点とトライの比重が高まり基本「トライを競う競技」になったことがわかる。
現在はトライ6点案が、さらに「自陣22mライン以内からの連続攻撃によるトライは8点」案も検討されているという。

12.キックオフとキックティー
当時はキックティーなんてものはなく、ゴールキックを狙う時は、ボールを立てるためグラウンドに穴を掘るか土を盛るかしていた。芝のグラウンドなどめったになかったが、「土を盛る」派のキッカーは、芝では外から土を持参するしかなかった。
試合開始とハーフタイム明けのキックオフもプレースキック。
私もキッカーをやることがあったが、ボールを立てる私のやり方は「スパイクのかかとを地面につけてここを軸にくるりと回転して穴をあける」、というものだった。が、これを続けるとスパイクのかかとが1方向にゆがみ右スパイクだけがすぐにダメになることがわかってやめた。以後は「土を盛る」派。

試合開始とハーフタイム明けのキックオフもプレースキック。

トライの後のキックオフは、相手のコンバージョンが決まった後はプレースキック、外れた時はドロップキックで再開。今考えるとこれはずいぶん面倒で意味不明なルールだった。

いや、軽い気持ちで書き出したら長くなってしまった。ずいぶん変わったものだ。まいったまいった。

ただこうして約半世紀前のルールを振り返ると、改めてラグビーがどこから来てどこに向かうのかが見えてきますね。
パント


おまけ

ムカシのアルバムをあさってたらこんなのも貼ってあった。
昭和48年のイラスト
「昭和48年のショートパント」(笑)




あ。この絵を見て思い出した。当時は高校生もヘッドキャップなしでOK.。
スクラムのプッシュも1mまでの制限はなかった。全て大人のルールと同じ。
ボールだけ違って、小さめの「6面ボール」。

「代表監督は当分外国人で。日本人は時期尚早」
ってのが私の考えだった。
だがサッカーの森保監督の成功(もちろん今のところ、だけど)を目の当たりにして考えが変わった。
日本人でもできる、いや日本人だからこそできることがある、と。
もちろん日本人であれば誰でもいいってわけじゃない。確かな実績と力量。
と言えばやはりこの人しかないでしょう。
「個の力」では劣る戦力でヤマハをこれほどの強豪に育て上げた力量は、まさに日本代表監督にふさわしい。
限られた戦力で広島を常勝チームに育て上げた森保氏とも共通する。(広島の場合中心選手次々浦和にとられちゃったんだけど)
コーチにはモセ・トゥイアリ。(理由は下のリンク記事にて)
「国際経験が足りない」なんて懸念もあるが、そんなこたあトゥイアリはじめスタッフでなんとかするさ、。
なんて夢を膨らませても、もう監督やらないんだって。
残念だなあ


清宮監督退任会見
 
(ここをクリック)


清宮退任会見

アマナキレレイマフィマフィの力量に疑いの余地はないが
アマナキ・レレイ・マフィの代表復帰が熱望されているようだ。私も彼の能力・代表における必要性について異論はない。なにしろスーパーラグビーのシーズンベスト15に選ばれた逸材である。
もちろん私も彼の「獰猛な」プレイは好きである。彼がボールを持てば「何かしてくれる」とワクワクさせられる。確かにデビュー当時のような、バッタバッタとディフェンスをなぎ倒して突進するようなプレイは見られなくなったが
、そりゃあマークが厳しくなればああはいかないだろう。

マフィリスクの存在

だがちょっと待って欲しい。去年問題となった暴行事件、そしてイングランド・バース時代にもこの手の問題を起こしていたのではないか。
(バースの件は私の検索力では確認が取れなかったが、「健康診断の順番で割り込みをして実質解雇になった」というクラブ側の公式発表がある」という。え、それだけで普通解雇になるか?)
去年トップリーグに復帰してからは2試合続けてイエローカードをくらっている。「謹慎明けの復帰戦において」である。どちらもアクシデンタルなものでも「レフェリーの解釈による不運なもの」でもなく、明らかに「マフィの意識的故意」によるものだった。
マフィとはそういう選手である、という事を明確に認識する必要があるだろう。
「勝ちたい、チームに貢献したい」という強い思いが時に空回りして「暴走」へのスイッチが入ってしまう選手であるという事。
つまりここで言っているのは「謹慎期間とその解除をどうするか」という問題ではない。マフィが所属するチームは常にこうしたリスクを伴うという認識だ。いわば「マフィ・リスク」の認識。
代表にしろNコムにしろ出場すれば攻守の中心となるマフィ。その彼が突然10分間の退出となる可能性が非常に大きいというリスク。実際Nコムは復帰戦で彼の退出中に逆転され大事な試合を落とした。
あるいは代表メンバーとして遠征や大会があってもその期間中に「事件」を起こして離脱してしまうかもしれないというリスク。
代表監督ジョセフは当然このリスクを考慮すると思われる。ファンも彼の選出を願うならそのリスクを覚悟しておくほうが良い。「もうあんなことはないだろう」というような楽観論を前提とするなら選出しないほうがいい。
「またしでかすかもしれない」という前提に立って、なお彼が必要だ、と言うならそれはそれでいいと思う。

「人格の問題」ではない

「人格に問題がある」との見方はとりたくない。「人格に問題がある」のなら私生活でも何か問題行動が起こされて当然である。だがそいそういう話は聞かない。彼が「問題」を起こすのは常にラグビーの世界においてのみ、である。
つまり先述したように、「勝ちたい、チームの勝利に貢献したい」との強い思いが「暴走」へのスイッチを入れてしまう、という「症状」が明確に見えてくる。

つまりマフィが選出されるのなら、今必要なのは謹慎でも、説教や教育で「自覚を促す」とかの精神論でもなく、専門家による「治療」であろう。
「勝ちたい」という強い思いが「暴走」へとつながる回路を断ち切る治療である。
Nコムでの復帰戦でイエローカード食らった時の彼の悲しそうな顔が忘れられない。
つまり彼は判っているのだ、こんなプレイ、こんな行動は絶対にしてはいけないと。それでも繰り返してしまう。
先日、元オリンピック代表の女子マラソン選手が「自分は万引き依存症である」との記者会見を開いていた。
彼女もそんなことしてはいけないとわかっている。してしまうと自分も回りも傷ついて迷惑かけて、いいことなど何もないことも。
彼女は現在精神医療の治療を受けていることも明かした。
その会見を見て私はマフィを思い起こしたのである。
ま、「治療」という言葉がきつかったら「トレーニング」でもいいんですが。




監督・コーチによる暴力パワハラに明け暮れた2018年日本のスポーツ界。そこには常にコーチに絶対服従する選手達の痛ましい姿があった。
明けて2019年、高校ラグビー準々決勝。
流経大柏は2点差で追う後半26分PKのチャンス。監督の指示はゴールを狙い3点取りに行け。
しかし選手たちの判断は、
「タッチキックからトライを取りに行く」!
そして見事トライ。5点。優勝候補常翔学園に逆転勝ち!
喜ぶ選手。喜ぶ監督。
日本のスポーツ界にもこういう世界がある。
流経大柏

安江1













安江祥光はいつも楽しそうだ。
いやもちろんラグビーをしている時の話だけど。
スクラムを組む時、ジャッカルをする時、タックルをする時、ボールを持って走るとき、パスをする時、ブレイクダウン周辺でディフェンスに備える時、ラインアウトでスロウインする時、いつもいつも楽しそうだ。
安江が出場する試合を見ているといつの間にかボールよりも安江の姿を追ってしまう事がある。安江は今この局面でどこでどんな楽しみを見つけているだろうか、って。
神戸製鋼時代は途中からの出場が多かった。先発で見られないのは残念ではあるけれど、途中からピッチに現れて「さあ、楽しい時間の始まりだー、」って安江の気合を見るのもそれはそれで楽しみではあった。
去年、2部の三菱重工相模原に移籍して、当然見る機会は減ってっしまった。昇格も逃した。
そして今年の入れ替え戦。安江の「楽しそう」が爆発した。
トップリーグ昇格。
来年のトップリーグの楽しみがまた一つ増えた。

やれやれ、宗像サニックス残留。
かつてはトップリーグに3チームあった九州勢も危うくゼロになるところだった。九州人としてうれしい。順位決定トーナメントで最後の2試合勝ち抜いたのが大きかったな。
入れ替え戦、相手が2部4位の栗田工業とはいえ、久しぶりにサニックスのイキのいい試合が見られた。
それにしても藤井監督、代表の仕事はやめてサニックスに専念してほしいなあ。連敗中のチームを置いて代表の遠征に帯同、最後に自分のチーム1勝とかじゃシャレにならんよ。じゃなかったらサニックスの監督は他に譲る。

ところでカーウィン・ボッシュ21歳。
まだあどけない笑顔で5トライ、ゴールキックは10/11。
来年もサニックスに来てね。

ボッシュ

ヤマハ














ヤマハはいいチームだなあ。

大学のスターを揃えるでもなく、強豪国の50cap以上のスターを揃えるでもなく、今年も優勝争いに食い込んできた。今年特に目立ったのが、両ウィングの新外国人。ラブスカフニとトゥイプロトゥ。このポジションで「必死に戦う姿勢」を表現するのってなかなか難しいと思うのだが、この二人は見事にこれらを表現していた。
当初、伊東力や田中渉太・矢富弟を差し置いて新外国人を使うのは不満だったが、二人のプレイを見て納得。
清原も太田尾の後継として成長した。パスのフォームとかそっくりになった。時に果敢な突破を見せるのも魅力だ。
13番の宮沢・小林「小柄な日本人」にこだわるのもいい。この頃外国人枠も増えて、両センター、スタンドオフ3人とも外国人てチーム多いもんなあ。
クリシュナンもすごいロックになってきた。この間どっかのウィングに後ろから追いついてタックルしてたぞ。
クワッガ・スミスは別格か。
ああ、ヤマハを褒めだしたらとまらない。
そうかー。清宮監督辞めちゃうのかあ。残念だなあ。
こういう「ヤマハの力」ってどう考えても「清宮の力」だもんなあ。ま、決まったものはしょうがない。清宮辞めてもヤマハはヤマハであり続けて欲しい。
清宮氏の今後を楽しみにしよう。

秦一平














お、2部の試合をJスポーツでやっとるぞ。何、「トップチャレンジリーグ」?ああ、去年から2部も全国リーグになったんだったな。
うわ、近鉄vs.ドコモかあ。
この2チーム、2部落ちするようなチームじゃないんだよなあ。
確か去年はリーグ戦で6勝とか4勝とか十分な成績上げてたんだけど、最後の最後、一番大事な試合に負けて、2部落ち。残ったのはリーグ戦全敗のコーラと、1勝のサニックス。なんだかなあ。
そりゃあ、九州人としてコーラとサニックスがトップリーグにいるのはうれしいけどう見ても力不足だもんなあ。今年の試合も相変わらずだし。どことやっても勝つ気がしない。
まあいいや。この試合だ。
おお、秦一平が先発だ。去年はベンチからかベンチ入りもしてないことが多かったなあ。もう今年は出番ないかと思ってた。先発かあ。すげえなあ。153㎝。
明治でレギュラーだったのもスゴイし、そもそもあの体で明治でやろうってのがスゴイと思っていた。でもトップチームでプレイするのは大学までだろうなあ、と思っていたらトップリーグにまでチャレンジ!スゲエよなあ。もう7年目だって。
おお、フィルヨーンもまだいたのか。この人頼りになるんだよなあ。 顔は無愛想だけど。でも試合後ファンのスマホで自撮りしてたりしてなかなかほほえましかったり。あと、途中交代の時、日本式にグラウンドに一礼したりするのも好ましい。異文化への敬意だよなあ。
え、トンプソン・ルークは欠場かあ。残念。
佐藤幹夫はコーチ?引退したのかあ。痩せたな。
野口大輔はベンチスタートかあ。去年レギュラーに定着して今年はさらなる飛躍を、って期待してたのに。外国人枠が増えて、バックスも、スタンド・センター・フルバックほとんど外国出身者ってチーム多いよなあ。そりゃ実力本位で言ったらそうなるんだろうけど、伸び盛りの日本出身バックス出る幕ないなあ。神戸の重一成や清水とかトヨタの竹田とか、コーラの石垣・猿楽とか。
金哲元もベンチスタートか。SHも外国人増えたなあ。一方でパナソニックみたいに代表クラスのSH3人もそろえて小山とか出番なしだもんなあ。小山来年は移籍してほしい。
さあキックオフだ。豊田も元気だ。ミフィポセチ元気だ。シリヴェヌシここに来たのかあ。おお、ドコモの新外国人ウィング早いなあ。しかしあれじゃあ追いつかれるな。追ってるの11番だし。ひゃー、振り切った。何?スルンガ・ラリー・スティーブン?20歳?次々すごいのが出てくるなあ。
ひゃー、マシレワなんなんだー。そういえば去年の近鉄の6勝もこの人が稼いだようなもんだったなあ。
秦一平、追いついたー。すごい。えー、そのままジャッカル―!なななんと。まるで福岡堅樹だ。今日の秦一平すごい。かつてはどうしてもただのパスマシーン感があったけど完全に一皮も二皮もむけたなあ。

うーん、白熱したいい試合だった。


  東西冷戦が終わって世界は恒久平和に向かうのかと思ったらとんでもなかった。冷戦後,世界各地の紛争で、常に中心にあったのは“民族問題”だ。
 冷戦直後から始まった旧ユーゴスラビアの内戦・虐殺、混迷を深める中東情勢、ルワンダの虐殺、南スーダンの内戦、ウクライナ紛争、そしてロヒンギャの迫害と虐殺、さらには異民族憎悪を煽るトランプ、などなど。
 一体、異民族憎悪は人類の本質的属性なのではないか、DNAに組み込まれているのではないかとすら考えたくもなる。
 しかし世界の一角に、こうした負の民族関係をあっさりクリアしてしまった社会があることを紹介したい。。異民族憎悪は決して人類の本質などではないのだ。
 ニュージーランドを舞台にした,まるでファンタジーのような本当の話。




 
ニュージーランド(NZ)の国歌を知ってますか

 ニュージーランドの国歌、といってもオリンピックとかで金メダルを量産するような国じゃないし、ほとんどの人は知らないでしょうね。私なんかはラグビーの国際試合でよく耳にするのだけど, 美しいメロディーの素敵な曲です。特に女性ボーカルによるものが良い。
 それはともかく。
 ここで取り上げたいのはその歌詞です。

  エ イホワー アトゥア,
  オ ンガー イウィ マートウ ラー・・・・

 ややなんじゃこりゃ。どう聞いても英語じゃない。
 これはNZの先住民マオリの言葉です。NZの国歌はまず先住民の言葉で始まる。もちろんラグビーの国際試合などで、独唱する白人ボーカリストも白人選手もマオリ語で大声で歌うわけです。
 次に英語の歌詞で歌うのが通例です。

 私の知る限り、白人が圧倒的多数を占める国でこんな例はない。ましてやNZといえばアメリカ合衆国、オーストラリア、南アフリカ共和国、そして中南米諸国等と同じく、ヨーロッパ人が移民(あるいは侵略)して作った国です。
 そんな国にしてこの、先住民への敬意。
 個人としてあるいは社会的倫理道徳としての敬意ではなく、国家のシステムとしての敬意。
 数ある“ヨーロッパ人による侵略国”の中でNZだけがなっぜこうなのか

オールブラックス(ラグビーNZ代表)のハカを知ってますか?

 NZは国旗でもわかるように英連邦の一員。つまり国歌としては英国国歌がすでにあった。これに“追加”する形で、あえて新国歌としてこの国歌が制定されたのが1977年。その前に“国民の祝歌”としての認定が1940年。この時点ですでにマオリ語の歌詞があったのかどうかは不明なのですが、これよりはるか以前に興味深い事例がある。
 NZにはハカという戦いの舞(ウォークライ)があります。日本のテレビCMなんかでも使われたことがあるので何となく知っている方も多いと思う。掛け声の一部が日本語の “ガンバッテ、ガンバッテ” に聞こえるあれです。主にラグビーの国際試合の前などにに披露される。

 もちろん先住民マオリの文化なのですが、ここでももちろんマオリ系と白人系がともに舞い叫びます。リーダーを務めるのはマオリ系。

 

ハカ
                                                                         オールブラックスのハカ

 
この習慣が始まったのは1905年のオールブラックスの英国遠征だという。
  ラグビーそのものはもちろん英国から白人が持ち込んだ競技なわけで、その競技の国際試合に先住民マオリの文化がこの時点ですでに持ち込まれている。100年以上も前だ。
 間違いなくこの時代にはすでに先住民への敬意と白人の側からの“同化”の意思がうかがわれる
 “マオリのようになりたい、マオリのようにこの試合を戦いたい”という意志の表れといえます。

 さらに最近ではハカは女子ラグビー、さらに他の競技へ、さらにさらに日常生活、結婚式,送別会・葬式・歓迎会等々どこででも舞われるといいます。まさにマオリの文化がNZ社会の文化に同化している。

女子ハカ
                            



女子ラグビーのハカ



マオリオールブラックスを知ってますか

 ニュージーランドラグビーには国代表のオールブラックスのほかにマオリオールブラックスという代表チームがあります。マオリの血を引く選手だけによる代表チームです。
 これは現代世界の常識からいえばとんでもないチームです。
 かつて米国では野球のニグロリーグがありました。メジャーリーグは白人だけのもので黒人の参加など認められず。黒人は別リーグでプレイしていたというわけです。黒人初のメジャーリーガーは1947年のジャッキーロビンソン。
 南アフリカ共和国などでも黒人が初めてラグビーの代表入りしたのはアパルトヘイトの白人政権が倒れてマンデラ政権の時、1995年南アフリカでのワールドカップが初めてで,それもたった一人。
 それまではやはり黒人や有色人種は別の場で活動していた。
 明らかに人種差別制度によるものです。
 そうした基準に照らせば“マオリオールブラックス”など完全に時代遅れの先住民差別のチームであるといえる。
 もちろんそれは誤りです。マオリオールブラックスに選ばれプレイすることはニュージーランドラガーにとって何よりの名誉だからです。だから中には外見どう見ても純粋白人だろうってような選手が選ばれマオリ代表として誇り高くプレイする。自分には確かにマオリの血が入っているのだってわけです。
 差別制度下での“代表”であれば、こんなことはあり得ません。


DMダミアン=マッケンジー この顔でマオリの代表

 こうした、ラグビー界を中心とした100年以上前からの“草の根”からの“マオリへの敬意”があって,この国歌の制定につながったとみるべきでしょう。ここで見られるのは、他の先進国の“先住民政策”のような“保護”でも“同化の強制”でもありません。

マオリとラグビーとの奇跡的幸福な出会い

 じゃあなんでニュージーランドだけが100年以上も前から先住民への敬意と憧れを持っていたのか。
 ごく大雑把に言って同じような経緯で建国されたオーストラリアなんか、人類史上最悪の先住民虐殺国家として歴史に名を刻んでいる。先住民の各部族は各地で絶滅していきました。
 
(いわゆる“アボリジニ”、現在は蔑視語として“アボリジニ”はあまり使われない。“アボリジナル”あるいは単に先住民といわれるという)
 そんな時代にニュージーランドマオリだけが白人からの敬意と憧れの対象となる。
歴史をたどればニュージーランドでも、初期の白人入植時代は他地域同様、合法非合法合わせて先住民の土地を収奪して、反抗するものは近代兵器で蹴散らす、と、他の白人入植地と同様の経過を経ている。
 それなのになんでニュージーランドだけがこうなったのか。

 1830年代に英国人のニュージーランド入植が本格化します。彼らは当然生活の一部として英国のスポーツを持ち込む。そこにラグビーという競技があったことはマオリにとって、さらにはNZの未来にとって奇跡のような幸運な出会いであったといえます。
 マオリに限らず周辺の島々、ラグビー界ではパシフィックアイランダー諸国ともいわれるフィジー・トンガ・サモアなどの人々にとってもラグビーはその民族性とすこぶる相性がいいようです。フィジーはリオ五輪で初採用された7人制ラグビーで金メダル、(全種目通じてフィジー初めての金メダルでした)、トンガは世界中のラグビー市場に選手を輸出、サモアはワールドカップでベスト8入りもしている。(当時の国名は西サモア)
 さらにマオリにはもともとラグビーに似たキオラヒという民族競技もあったという。
 そうした下地があったところである日、あるおおらかな英国人がマオリをラグビーに誘う。やらせてみたらこれがやたらうまい。ボールさばきランそして果敢なタックル。
 これがラグビーという競技の特殊性なのだが、自らの体をはって防御するタックルが強い選手はとにかく仲間から尊敬される。
 たちまちマオリたちは英国人入植者たちから仲間として尊敬を集めることになります。1880年代には白人とマオリが普通に一緒にラグビーを楽しんでいたといいます。
 そして代表入り、さらにハカへとつながることになる。
 さらにはこの幸福な関係が両民族の力を最大限に引き出し、小国ニュージーランドは最強のラグビー大国となっていく。
 ここまでは容易に想像でき、納得のいくストーリーでです。

 しかし、じゃあなんでオーストラリアでは同じことが起きなかったのか。オーストラリアに入植した英国人たちだって当然ラグビーは持ち込んだはずです。また“アボリジナル”だって、現在のオーストラリア代表での活躍を見れば民族的相性も良かったはず。アボリジナルはラグビーと「奇跡のような幸運な出会い」ができなかったのか。
 おそらくできなかったのだ。
 英国人のオーストラリアへの入植が本格化したのが1700年代後半、NZとは約半世紀の時差がある。さらには流刑地としての特殊性に加え、広大な大陸で金鉱が発見されゴールドラッシュとなる。        こうした “すさんだ熱気” という背景の中で英国人たちはそもそもアボリジナルを人間としてみていなかったようです。彼らにとってアボリジナルは土地を脅かす“害獣”であり駆除すべきもの、さらには駆除の必要性がないところでもスポーツとしてハンティングする獲物となっていく。
 “駆除すべき害獣”をラグビーに誘う人など現れません。

 こうしてオーストラリアにおけるアボリジナルの歴史をふりかえれば、改めてNZにおけるマオリとラグビーとの出会いが奇跡的幸運であったのがわかります。
 もしNZに金鉱でもみつかれば、あるいはNZに入植したのが野球やバスケを携えた米国人であったなら(歴史考証はナシ)その後のマオリとNZの歴史は全く異なったものになっていたでしょう。
 実際、NZの英国人たちだってサッカーやクリケットも持ち込んだだろうにマオリたちは見向きもしなかった。これは他のパシフィックアイランダー諸国も同様です。
 (現在のサッカーNZ代表を見てもラグビーと比べ、圧倒的に白人系が多い。ただ、それでもハカを舞ったりするのだが。)
 南米諸国にスペイン人ポルトガル人がサッカーを持ち込んでダントツ人気スポーツになったのとは対照的です。スポーツと民族的相性というのは確かにある。


 なんにせよこのニュージーランドの例、ラグビーを媒介として築かれた白人と先住民との幸福な関係、は世界の白人社会の中にあってあまりにも特殊すぎて100年以上世界に広まることも、少しの影響を与えることもなかったといえます。
しかし。


南アフリカ共和国の国歌を知っていますか


 1994年、アパルトヘイト(人種隔離政策)を掲げた白人政権が国際的圧力により退陣します。
 そして初の全人種参加の普通選挙により、27年間の獄中生活から釈放された黒人のマンデラが大統領に就任しました。27年間!
 世界中の多くの例ではこういう場合、“報復政治”が開始されます。黒人は人口的にも圧倒的多数を占めるわけだからやろうと思えば簡単です。民主的多数決で何事も決めればおのずと黒人優先の政策になる。しかしマンデラはそれをしなかった。
 象徴的なのが新国歌の制定です。マンデラ政権は白人政権時代の国歌を廃止せずに、以前からあったアフリカの黒人解放を歌った “神よ、アフリカに祝福を” と合体させました。ここに前半は先住民の言葉、後半にヨーロッパ語から派生したアフリカーンス語と英語で歌う南アフリカ共和国の新国歌が誕生します。この構成はNZ国歌にそっくりです。正確には合わせて5つの言語で歌われます。もちろん先住民の言語の部分でも白人もともに大声で歌います。この光景もNZ国歌斉唱時にそっくり。
 マンデラの人間性が“民族の対立ではなく融和を求めた結果なのだ”といってしまえばその通りなのだけれど、私はやはりこの国歌もこれに象徴される融和政策もNZの影響であるとしか思えない。ニュージーランドという成功例を現実に目の当たりにしたからこそである、と。

 現代史上最悪の人種差別国家である南アフリカ共和国と、現代史上最上の人種間融和国歌であるNZがともにラグビーを国民的スポーツとし、世界の2強ともいえる位置にいるのは歴史の皮肉です。いや今となっては歴史の幸運だったといえるかもしれない。
 まだワールドカップがない時代、ラグビーの国際試合といえば、代表チームの長期遠征でした。世界の2強だった両国は互いに遠征をしテストマッチ(国代表の公式戦)を繰り返していた。しかし1948年に南アフリカで“アパルトヘイト”が施行され人種差別が“合法化”されると両国のラグビー交流もドタバタ化してゆきます。
 なにしろアパルトヘイト法では異人種間のスポーツ交流は禁止と明文化されたりしているわけです。
 このように人種政策・民族政策では両極端の両国ですが、一方で強い相手と対戦したいのは競技者の本能でもあります。で、起こったことといえば、南アはNZに、白人のみの代表(マオリ抜き)での遠征を要求する、NZ協会も試合やりたさでついこれに応じてしまう。これに対しNZ国民からは大ブーイグ、これに懲りてNZがマオリを含めた代表派遣を決定すれば、南アはマオリを“名誉白人”としてつじつま合わせをする。これに対し南アとのスポーツ交流を禁じていた国際社会は激怒。特にアフリカ諸国はモントリオールオリンピックボイコットへと発展します。  

 そんなこんなのごたごたの中、はっきりしているのは、現実の交流・試合があろうとなかろうと、南アの隣には常にNZが存在していたという事実です。マオリの代表入りにこだわるNZ、試合前にハカを舞うNZ、そして1977年以降は白人もマオリ語で国歌を歌うNZが常にすぐ隣にあった。
 マンデラ達、良心的南アフリカ人たちは当然こう思ったでしょう。
 “いつか我らの南アフリカもこういう国にするのだ。先住民と白人がともに尊敬尊重し、文化も国歌も分かち合う国に”と。
 こうした思いがマンデラ政権で一気に開花したと考えるのは決して不自然ではないでしょう。

ムタワリラ








テンダイ=ムタワリラ
南アフリカラグビーの国民的人気者
彼がボールを持つと観衆が“ビースト”と叫ぶのがオキマリ。
もちろん白人も一緒に叫ぶ。





ラグビーオーストラリア代表(ワラビーズ)の新ユニフォームを知っていますか。

 去年10月のニュージーランド・オーストラリアのラグビー定期戦(ブレディスローカップ)において,
ワラビーズの新ユニフォームが披露されました。そのデザインはアボリジナルの伝統模様(おそらく入れ墨)をモチーフにしたものでした。さらに試合前地元市長のスピーチはブーメランを手に先住民の言葉を交えて行われ、先住民が長年ワラビーズに貢献してきたことをたたえるものだった。
 少しでもオーストラリアと先住民の歴史を知るもにとっては涙なしでは見られないシーンでした。
 その上試合結果はオーストラリアが勝利!2015年以来、対NZ6連敗中だったのに!2017年の第2戦は8トライを取られる惨敗だったのに!
 これって完全にアボリジナルジャージの効果なんじゃないんだろうか。NZの歴史と同様、幸福な関係は最大限の力を引き出す!


ワラビーズ
                   ワラビーズの新ジャージ

 残念ながらこのユニフォームは一回限りの記念ジャージだったようだが。
 なんにせよオーストラリアの白人社会にも100年以上遅れてNZの思想が影響を及ぼしたということでしょう。オーストラリアもラグビー強国としてやはり何度もテストマッチを経てハカやNZ国歌を目の当たりにしていますから。
 その上“結果”も出してしまうなんて!

 異民族憎悪は決して人類の本質なんかじゃない。 
 NZは100年以上、確かに特殊な社会だったけれども、その異民族融和の精神は南アフリカとかオーストラリアとかに、ラグビー文化とともにホンの少しづつだけど広がりを見せています。 

<オマケ> 
 NZにおける少数者への敬意・尊重は決して民族関係だけにとどまっているのではない。      
 NZの公用語は英語とマオリ語とそして手話!
 つまり公共の場所ではこの3つの公用語が表示されることが法的に義務付けられているのだ。
 少数派への何たる敬意、尊重!
 また最近ではNZの女性首相が産休を取り議場での授乳が認められたことが話題になった。こうした事例もこの流れの中にある、と私は考える。
 百数十年前のマオリとラグビーの奇跡的幸福なな出会いがNZ社会にここまで影響を及ぼしている。

〈続報〉
この記事を書いた翌年3月、NZクライストチャーチで銃乱射事件が発生。
犯人は「白人至上主義」のオーストラリア人だった。NZの「異民族融和社会」が許せなかったという。だがNZ社会は負けない。事件後のNZ人、NZ社会の行動がまたすごい!
やっぱニュージーランドの「異文化尊重精神」は桁外れだ。
スクリーンショット 2020-04-30 14.15.30


















クライストチャーチ追悼集会にアーダーン首相は自らイスラム式のスカーフをまとい演説。

「預言者ムハンマド、平和が彼の上にありますように。(しかもたぶんまずアラビア語で!)」
キリスト教徒(であろう)首相が普通こんなことは絶対言わない。
参加者はイスラム式に膝をついて礼拝・追悼。
各国女性首脳や夫人がイスラム圏の国でスカーフをまとうことはある。だがキリスト教圏の首脳が自国で「異教徒」の形式に倣うなんて聞いたことが無い。
キリスト教西側社会からは「そこまでするな」との批判も寄せられているという。だがNZではこれが当然のように受け入れられる。
フランスなんかブルカやブルキニ(ムスリム女性用の水着)の着用を法律で禁止したりしているのだ。
そして地元高校生による先住民の舞「ハカ」による追悼。
繰り返しになるがニュージーランドの「異文化尊重精神」はホントにすごい。



                                         ひつじ2











 




 


          
なんかNZならありえそうな気がしてきませんか。
 
<追記1>

 ただし、“みんなでNZを見習えば世界は平和になる”というようなノーテンキな精神論・根性論を言っているのではありません。念のため。

 <追記2>
 ただしNZといえど決して“地上の楽園”ではありません。現実社会の中で卑劣な人間はどこにもいて“マオリ差別”とも言える事例が少なからず存在していることは事実としてあるようです。念のため。
  例えば養護施設で暮らす子供の人口比はマオリの子が多く、またその中でも里子や養子として迎えられる子も、外見“白人系”の子が優位に立つとか。
こうした「現象」はマオリと白人系との間の「経済格差」「雇用格差」「教育格差」の反映と見るべきでしょう。

<追記3>
 南アフリカでもアパルトヘイト廃止から20数年、「融和政策」により白人の大土地所有などが温存されたため、人種間の「貧富の差」が温存され格差が固定してしまったことが問題となっているという。


 この記事で記したことはすべてまぎれもない“事実”ですが、物事には同時に常にそうした“負の側面”もある事は記しておきたい。
 世の中にあふれる多くの“情報”の中には“自分の思想信条”に都合のいい側面だけを紹介してジャンジャン、てやつがあふれているようです。世の中そんなに単純じゃない、ってのが私の信条でもあります。



                                                     

↑このページのトップヘ