おとぶろラグビー夜話

ラグビーに関するあれやこれや。

タグ:オールブラックス

帰化して「日本人」になった元オールブラックス、ロス・アイザック。帰化前の名前は「アイザック・ロス」。両親が元ニュージーランド代表というまさにラグビーのサラブレッド。201㎝。
ロスアイザック2












トップリーグには多くのこうした「帰化選手」が在籍する。
W杯代表でいえば、ヴァル・中島・具・トンプソン・リーチ・ヘル・ツイ・ラファエレ・レメキ等など。当然彼らはトップリーグで「日本人」として常時出場できる。
ロスもこれからは所属する「NTTコミュニケーション」で「外国人枠」ではなく常時出場できるのだな。
ロスの、あの、でかくて、時にSHのように俊敏なプレイがこれからは常時見られるのは楽しみ。
と思っていたのだがそうではないようだ。


トップリーグの「外国人枠」は外国人とは限らない?

第3節のクボタ戦。ロスは後半途中から出場。同時にオーストラリア代表・リアリーファノが退出。これについて「BS日テレ」解説の大畑氏、
「外国人枠の都合ですね」。
ええ〜それって変じゃん。ロスは日本人なのに。大畑、わかってないのか〜。
と思ったが、考えてみる。
この「他国の代表歴のある外国人枠2人」って正確には「日本代表にはなれない選手」てことなわけだ。ロスの場合日本人になってもNZ代表歴がある以上、国際ルールで日本代表にはなれない。
てことはあくまで「外国人枠」として扱うということなのか。日本人であっても。

「トップリーグ規約」見たら確かにその通りだった。(資料参照)

ロスは2017年に日本国籍を取得しているが、私がこれまでこの問題、気にならなかったのは、去年Nコムには他に「他国の代表歴のある外国人」がいなかったからなのだな。その前年には南ア代表のヤンチースがいたがロスと合わせて二人。「枠」を超えようがなかった。ロスはほぼ先発出場していたと思う。
今年、リアリーファノと南ア代表マークスがNコムに加入して、この「枠」該当選手が3人になり「やりくり」が生じたというわけだ。

「トップリーグの出場資格」って、日本人のロスにとってはは意味不明だ
ロスが日本代表になれないのは「国際ルール」である。これには合理的理由がある。もちろん日本独自で変更などできない。
だが、「トップリーグの出場資格」はトップリーグで決められる規則。
ロスは「日本人で常時出場可」でいいのではないか。
と思ったら、規約では「但し」がついて、「2016年8月31日以前に」この枠にいた選手は「日本国籍選手として試合に出場することができる」のだそうだ。(資料
参照)
ヒーナン・ダニエルこの「2016年規定」に該当する選手としてはオーストラリア代表歴のあるヒーナン・ダニエルがいる。ヒーナンは2014年に日本国籍取得。パナソニックで「文句なし」日本人枠で出場している。
さてこの「2016年規定」、「日本国籍取得後、例えば3年で他国代表歴のある選手もトップリーグで日本人枠で出場できる」と言う意味なのだろうか。ロスの帰化は2017年。来年度にはこの規定が改定されて「2017年」になればロスも晴れて「日本人枠」で出場できるということなのか。

この辺なかなか細かい。そもそも日本人になったのならソク「日本人枠」でいいではないか。まあシーズン中ではややこしいのでせめて翌年から、で。
この該当者が何十人もいて「日本代表資格者」の出場枠が減ると言うならこの規制も必要かもしれない。ただこの場合も、「外国籍選手枠」などというべきではない。「外国籍」などではないのだから。「他国代表歴選手枠」というべきだろう。(注1)
ともかくこの「2016年規定」、ロスだけに適用されるものだ。日本を愛し、日本国籍を取得し、家族とともに日本に居住し、子供たちを日本の小学校に通わせる「日本人ラガー」を「外国人扱い」する理由ってあるのか。

〈追記1〉
ロスのごく親しい友人から連絡をいただいた。(下記コメント欄の方)その方によると、「2016年規定」は固定であり更新されることはないのだという。つまり他国代表歴があり日本人になってもトップリーグで「日本人枠」で出場できるのはヒーナンで「締め切り」ということだ。(もう一人、元トンガ代表、神戸のアンダーソン・フレイザーも)
もちろんこんなことはどこにも「明文化」されてなどいない。あくまで「内部情報」。確認のしよいうもない。来年度の規約が公表されればわかるか。


ロスアイザック2「元オールブラックス日本人」の活躍が見たい
日本では外国人が結婚や血縁によらず日本国籍取得するのって大変なのだ。
「出場枠」や「就職」目当ての「打算的帰化」など日本では認めない。従前の国籍を保持しつつ新たに国籍を得る「二重国籍」は多くの「先進国」で認められるが日本ではダメ。犯罪歴があったり、税の滞納があったり、その他素行不良が認められればダメ。
「日本語力」も含め「日本国籍取得」には「本当に日本人になる資格・覚悟があるのか」が法務省により審査される。(注2)


ロスや「ボーク・コリン雷神(注3)」、そして上記「帰化選手」達は、はこういう「厳しい日本人テストに合格」したってわけだ。完全な日本人。
その「日本人」にトップリーグでこれ以上の「枠・規制」はいらんよなあ。
まして「他国代表歴」を持って来日、帰化条件である5年以上居住した選手といえば、まあ年齢は30歳前後。選手としては晩年に当たる。残る数年の選手生活を、愛する日本で日本のためにトップリーグでプレイする。もちろん彼のプレイ・経験は敵味方問わず他のトップリーガーや学生・子供達の素晴らしいお手本となる。そこにブレーキかける意味ってあるのか。
「元オールブラックス日本人」の活躍は常時見たい!

〈追記2〉
ある方がこの記事を見て自らのFacebookでシェアしたところ、その「パパ友」であるロスの目に止まり、その方が日本語に翻訳してロスに見せたという。ロス、この記事を大いに気に入ってくれてた上、自らのSNSでシェア。このことはラグビー関係者にもほとんど知られていないので、まずぜひみんなに知って欲しいのだそうだ。
そのシェアをまた別のロスの友人が見て私に連絡をくれた。
「2016年規定」についてはその方からの情報。
というわけで、この記事、改めて、「拡散希望」です。
もちろん「私のため」などではなく、「ロスのため」、「現在・将来日本でプレイする来日ラガーのため」、「日本のラグビー界全体のため」、さらには「日本社会の幸福のため」、です。


《補足1》世間の一部ではこうした人々を、決して「日本人」とは呼ばず、「日本国籍を取得した外国人」みたいな表現が使われたりする。これ、言葉として間違ってる。「日本国籍を取得した人」は「日本人」。逆に米国籍ノーベル物理学賞の南部陽一郎氏は「米国人」。
「先住国民」と「帰化国民」を区別したいなら「〜系」を使えば良い。南部陽一郎氏は「日系米国人」。ロス・アイザックは「NZ系日本人」。


(注1)ボーク・コリン雷神の「7人制でNZ代表歴」の扱いについてはここでは触れない)

(注2)以前Jリーグ川崎フロンターレにジュニーニョというブラジル人ストライカーがいた。
W杯南ア大会前に「日本に帰化して日本代表に貢献する」と宣言してサポーターを沸かせたが「日本国籍取得」は叶わなかった。この時点で日本に5年は居住していたが日本語がほぼダメだったためだという。そもそも親善試合とはいえ「ブラジル代表歴」があったため「日本代表」にはなれなかったとの説もあるが、ロス・アイザックなど、日本代表になれなくても日本人になるという「日本愛」があったが、ジュニーニョにはそんなものはなく単に「どこでもいいからW杯に出たい」という「打算的場当たり帰化申請」であったと言われてもしょうがないだろう。
日本サッカー協会からの「特例要請」もあったかもしれないが、先述したように日本国はこういう特例「帰化申請」は認めない。

(注3)ラグビー界では帰化すると登録名も実名に伴い「名姓」から「姓名」に変わる。
さらには本人の希望で漢字名が添えられたりする。この旧「コリン・ボーク」は「ボーク・コリン雷神」に。今回の代表プロップは「ヴァル・アサエリ愛」その他「カウヘンガ桜エモシ」とか「ロトアヘア・ポヒバ大和」とか弟の「ロトアヘア・アマナキ大洋」とか。ただしこれ、ヴァル以外はみんなリコーの選手。誰が流行らせたんだか。まあ日本人になったからには漢字使いたいんだろうな。

【資料】トップリーグ規約
第35条
4.日本代表選手の資格がない日本国籍選手及び特別永住権を保有する選手の扱い
他国代表歴及び他国セカンドシニア代表歴を有する日本代表選手の資格がない日本国籍選手及び特別永住権を保有する選手は、代表歴を有する国の選手と同様に外国籍枠選手、アジア枠選手として出場する。また、5 月末及び 11 月末に日本国籍選手として登録した選手が、登録日以降に他国代表歴及び他国セカンドシニア代表歴を有した場合、そのシーズンは日本国籍選手として出場することができるが、翌シーズンは代表歴を有する国の選手と同様に外国籍枠選手、アジア枠選手として出場することになる。但し、2016 年8 月 31 日以前に、他国の代表歴及び他国のセカンドシニア代表歴を有し、日本国籍選手として登録した選手は、日本国籍選手として試合に出場することができる。

《補足2》ただこの規約、なかなかわかりにくい。最後の「但し」部分の日付がどの文にかかるのか。私の解釈が間違っているのならご指摘いただきたい。
《補足3》


上記規約は
https://www.top-league.jp/wp-content/uploads/2019/05/kiyaku_2019.pdf
ただ「トップリーグ公式サイト」の「規約」にはこの「35条4」が見当たらない。

http://archive.top-league.jp/about/kiyaku/2012/a/03.html
そもそも「強豪国代表歴のある選手が日本人になる」などと規定作成時に想定もしていなかったのだろう。
「ヒーナンのせい」で慌ててこの規定を追加したか。で、追加したものの、このサイトの「改正作業」をしていないものと思われる。
この辺りでもこの「規約」の「場当たり的いい加減さ」がうかがわれる。

〈追記3〉
その後ロスや多くのファンはトップリーグ日本協会に規約の改定を求めたが認められず、「外国人」との名称は見直す、だけとなった。ロスはNコムを退団。NZでプレイを続けている。
「いつか必ず日本に帰ってきます。私のホームですから。」

コリンボーク














コリン・ボークが日本国籍取得


これは驚いた。
「ボークコリン雷神」だって!!
この日本名、明らかに「リコーブラックラムズ」式だなあ。
「カウヘンガ桜エモシ」とか「ロトアヘアポヒバ大和」とか「ロトアヘアアマナキ大洋」とかみたいな。
いやブラックラムズでも「ブロードハースト・マイケル」とか「マウ・ジョシュア」みたいに普通に姓と名をひっくり返しただけの「日本名」もいるけど。
これで「帰化外国人」6人かあ。スゴイ勢力だな。みんなFW。
えっ?カウヘンガは退団?そうかー。寂しいな。
リコーの外国人はみんな日本国籍取得するのかな。あと、日本在住が5年に近づいてるのはバックスのロビー・ロビンソンとティム・ベイトマンか。帰化したら「ロビンソン・ロビー」か、それとも「ロビンソンロビー風神」とか?

帰化選手の多くは若いころに来日している
それはともかく。
なぜコリンボークだと驚いたのか。
初めは私自身なぜ驚いたのかわからなかったが、それはやはり彼が元「7人制NZ代表」って「大物」だからだな。上記以外にも帰化外国人選手はいっぱいいるけど多くは高校大学からの留学生で、ラグビー選手としても人間としても、まあ「半人前」が日本で成長して「一人前のラグビー選手」になった連中だ。
リーチ・マイケルしかり、ラファエル・ティモシー、ツイ・ヘンドリックしかり。
留学生でなくても多くは「若手」として来日して帰化した選手達。トンプソン・ルークは23歳で来日かな。
そんな中でボークは例外だ。だから驚いた。
いやそういう意味では「ロス・アイザック」の方がもっと驚きではあったけど。

若手ラガーは日本を目指す
それにしても留学生にしろそれ以外にしろ、ラグビーでは来日後帰化してプレイを続ける選手が本当に多い。
同じプロのチームスポーツでも野球なんか私の知る限りほぼゼロだ。理由はわからない。仮説も思いつかない。米国籍を離脱すると高額な「国籍離脱税」がかかるせいかとも思ったが、バスケットボールの世界では米国出身帰化選手がかなりいるようで、この仮説はハズレ。ルールの問題なのか。
台湾出身では荘勝雄・李宗源が帰化している。私が思いつくのはこの二人だけ。ただし李はロッテのスタッフ三宅氏の養子になるといういわば「裏口入学」。当時外国人枠3人の時代にレオン・レロンのリー兄弟とこのリー(李)の3人を抱えてロッテが行使した裏ワザ。まあ「偽装結婚」よりはマシだが



サッカーではかつて、代表だけとっても、ラモス瑠偉・呂比須ワグナー・三都主アレサンドロ・田中マルクス闘莉王とかがいた。それでもラグビーに比べれば圧倒的に少ない。最近は見当たらない。
これはラグビー「ならでは」の事情があるのだろうか。
サッカーの場合世界中にプロリーグがあって、たとえばJリーグで「通用しなくなった」選手が他国リーグでともかく「プロとして食っていける」環境はある。2部も3部もある。だから来日外国人選手も日本に「長居」する必要はないのだろう。
逆に上昇中の若手選手にとってもサッカー界では一つのクラブ、一つの国に固執することはない。自分の価値を上げて次々に大きなクラブへの移籍を繰り返すのは世界の常識だ。いわばサッカー界の「根無し草文化」。
そういう文化が日本のJリーグでも定着したことにより日本への帰化選手も少なくなった、という事なのだろう。

だがラグビーの場合そうはいかない。世界のラグビー市場はサッカーに比べて圧倒的に小さい。そんな中、日本のトップリーグは、強豪国のプロリーグには入れない、あるいは出番のない選手の「受け皿」になっている一面は事実としてある。
「突破力ではトップリーグでも随一のセンター」とまで言われるヤマハのタヒトゥアだって、ヤマハが連れてくるまではホテルのバーでバーテンダーしていたという。ラグビーの世界市場とはそういうものなのだ。マレ・サウもかつてインタビューで語っていた。「日本でプロとして生活できることを本当に感謝している。その気持ちを込めて日本代表を選んだ」と。特にトンガ・サモア。フィジーなどの太平洋島嶼国では自国の経済力を考えると日本でラグビーを始めることは大きな人生目標となりうる。
それ以外の国にしろ、去年サニックスに来た南アの若手№8なんか自身の結婚式をキャンセルしてでもサニックスのオファーに駆け付けたという。人生初のプロ契約を求めて。

そうして来日を果たした選手が日本で選手寿命を長くしようと思えば当然「日本国籍取得」という選択肢が輝く。
「日本人」になれば「外国人枠」にとらわれず試合に出場できる。これは本人にとってもチームにとっても大きなメリットだ。

日本国籍の取得は簡単ではない
だが話はそう簡単ではない。「日本人」になるのは「狭き門」なのだ。日本の法律とその運用においては。
5年以上の居住については先述したが、これはまあ居さえすればいいのだから難しくはない。「家族も含め犯罪歴が無いこと」もまあ普通に暮らしていればクリアできるだろう。
問題は「日本語力」である。「小学校低学年程度の読み書き」が求められるという。これは難しい。
さらに日本では二重国籍が認められないから、「帰化」によって日本国籍を取得する場合、前の国籍を離脱した証明書が求められるという。

こうして見てくると、来日外国人が「日本国籍を取得する」ことが単に「日本でラグビーで食っていく」だけの目的でなどできないことがわかる。
元の国籍を離脱するには当然家族の反対もあるだろう。
「小学校低学年程度の読み書き」になると、これは急に「帰化」を思いついてできるようなもんじゃない。かつてJリーグ川崎フロンターレにジュニーニョってブラジル人得点王がいた。ワールドカップを前に、「日本国籍を取って代表入りする」と宣言して本人とサポーターが大いに盛り上がっていたが結局叶わなかった。ずいぶん長く日本にいたようだが日本語がダメだったようだ。

それでも日本国籍を選択する選手達
来日外国人選手でも「留学生系」は初めから日本にこの先何年も暮らし、ラグビーで食っていく、という生活設計はあるのだろう。大東文化大のシオネ・ラトゥ氏らに始まる大きな見本と目標がある。学生としても日本語の習得は必修だろう。もちろんその先力をつけて、リーチやマフィ、ツイのようにスーパーラグビーデビューという大目標はあるにしろ。
だがトップリーグなどのチームへの助っ人として来日する外国人にとっては、基本そこは出稼ぎの場である。日本での生活にしろプレイにしろ通訳はいるし英語だけでもどうにでもなる。
だが帰化した彼らは早くから日本語を学びチームメイトやご近所と日本語でコミュニケーションを取り、そして多くは「故国の家族の反対を押し切って」元の国籍を離脱して「日本人」になったのだ。単に当面の食い扶持を稼ぐためだけにこんなことはできない。

多くは10代か20ソコソコで来日する留学生と異なり、彼らは来日して5年たてば年齢は30歳前後。いくら頑張ったところで帰化後の選手生命は知れている、その後は「長い引退後の生活」が待っている。その時は「帰化外国人」である事の方が日本社会で不利益が多いことも予想される。母国籍のまま帰国した方が不利益は少ないかもしれない。だからもちろん、留学生だろうと居住が長かろうと日本語が達者であろうと、帰化しない選手も多い。当然の選択ではある。
功利的損得勘定ではマイナスかもしれないのに、それでも日本国籍を選ぶ選手がいる。
日本人・日本社会・日本での生活への深い思い。

そう考えると彼らの決断、特にロスやボークら大物の決断の大きさ、日本への愛情の大きさに圧倒されるのだ。
ボーク34歳の選択。決断。


ボークコリン雷神はやはりNO.8だな
さてボークコリン雷神、去年はFWでの出場がメインだったが、以前はスタンドオフで先発ってのが多かった。
これは私は疑問だったなあ。彼がスタンドやっても普通にパス・キック・ランが上手だったけどそれだけと言うか。あの巨体とスピードでまず突破を試みてディフェンス何人も巻き込んで展開、って作戦ならわかるがそういうのでもなかった。ほかにスタンドの適任がいないのならともかく、控えにタマティ・エリソンがいたのだから意味わからなかった。実際エリソンが途中からスタンドに入ると一気にバックスラインが活性化したように思う。
ま、もちろんそれはボークの責任ではないが。

おまけ
実は私、ボークと同様、NO.8とスタンドオフの「二刀流」だったのだ。
で、リコーのボークを見た時は「おお、俺は日本のコリンボークだな」などと一人で悦に入っていたものである。
いやもちろん代表とかプロリーグとかのレベルの話ではありませんが。


<追記>

「野球に帰化選手が極端に少ない理由」について、この記事を読んだWさんから有力な仮説が提供されたので紹介します。
「野球は試合中などほとんど親密なコミュニケーションなど必要ないから」というもの。
確かにバスケもコミュ力大事ですし。サッカーも海外志向強い選手は若い時から英語ドイツ語ポルトガル語とか勉強します。そうしないと海外でサッカーができない。一方野球はムカシの野茂とか「米国には野球をしに来たのであって友達作りに来たんじゃないから英語なんかいらない」って言ってましたから。野球はそれで済んでしまう。

まあ「読み書き」は直接プレイには関係なくても現地・友人になじめば自然とこれもマスターしたくなるってものなのでしょうか。
そういう意味で、FWの方が帰化選手多いっていうのも理由がありますね。コミュの必要性に差はなくても、バックスと比べるとお互いの「親密さ」ってちょっとケタ違いな所がありますから。
と考えると昨季ボークがFWに専念したのも帰化への後押しになったかも。5人もの帰化の先輩に囲まれて、「みんな幸せそう。よしオレも」って思ったか




  東西冷戦が終わって世界は恒久平和に向かうのかと思ったらとんでもなかった。冷戦後,世界各地の紛争で、常に中心にあったのは“民族問題”だ。
 冷戦直後から始まった旧ユーゴスラビアの内戦・虐殺、混迷を深める中東情勢、ルワンダの虐殺、南スーダンの内戦、ウクライナ紛争、そしてロヒンギャの迫害と虐殺、さらには異民族憎悪を煽るトランプ、などなど。
 一体、異民族憎悪は人類の本質的属性なのではないか、DNAに組み込まれているのではないかとすら考えたくもなる。
 しかし世界の一角に、こうした負の民族関係をあっさりクリアしてしまった社会があることを紹介したい。。異民族憎悪は決して人類の本質などではないのだ。
 ニュージーランドを舞台にした,まるでファンタジーのような本当の話。




 
ニュージーランド(NZ)の国歌を知ってますか

 ニュージーランドの国歌、といってもオリンピックとかで金メダルを量産するような国じゃないし、ほとんどの人は知らないでしょうね。私なんかはラグビーの国際試合でよく耳にするのだけど, 美しいメロディーの素敵な曲です。特に女性ボーカルによるものが良い。
 それはともかく。
 ここで取り上げたいのはその歌詞です。

  エ イホワー アトゥア,
  オ ンガー イウィ マートウ ラー・・・・

 ややなんじゃこりゃ。どう聞いても英語じゃない。
 これはNZの先住民マオリの言葉です。NZの国歌はまず先住民の言葉で始まる。もちろんラグビーの国際試合などで、独唱する白人ボーカリストも白人選手もマオリ語で大声で歌うわけです。
 次に英語の歌詞で歌うのが通例です。

 私の知る限り、白人が圧倒的多数を占める国でこんな例はない。ましてやNZといえばアメリカ合衆国、オーストラリア、南アフリカ共和国、そして中南米諸国等と同じく、ヨーロッパ人が移民(あるいは侵略)して作った国です。
 そんな国にしてこの、先住民への敬意。
 個人としてあるいは社会的倫理道徳としての敬意ではなく、国家のシステムとしての敬意。
 数ある“ヨーロッパ人による侵略国”の中でNZだけがなっぜこうなのか

オールブラックス(ラグビーNZ代表)のハカを知ってますか?

 NZは国旗でもわかるように英連邦の一員。つまり国歌としては英国国歌がすでにあった。これに“追加”する形で、あえて新国歌としてこの国歌が制定されたのが1977年。その前に“国民の祝歌”としての認定が1940年。この時点ですでにマオリ語の歌詞があったのかどうかは不明なのですが、これよりはるか以前に興味深い事例がある。
 NZにはハカという戦いの舞(ウォークライ)があります。日本のテレビCMなんかでも使われたことがあるので何となく知っている方も多いと思う。掛け声の一部が日本語の “ガンバッテ、ガンバッテ” に聞こえるあれです。主にラグビーの国際試合の前などにに披露される。

 もちろん先住民マオリの文化なのですが、ここでももちろんマオリ系と白人系がともに舞い叫びます。リーダーを務めるのはマオリ系。

 

ハカ
                                                                         オールブラックスのハカ

 
この習慣が始まったのは1905年のオールブラックスの英国遠征だという。
  ラグビーそのものはもちろん英国から白人が持ち込んだ競技なわけで、その競技の国際試合に先住民マオリの文化がこの時点ですでに持ち込まれている。100年以上も前だ。
 間違いなくこの時代にはすでに先住民への敬意と白人の側からの“同化”の意思がうかがわれる
 “マオリのようになりたい、マオリのようにこの試合を戦いたい”という意志の表れといえます。

 さらに最近ではハカは女子ラグビー、さらに他の競技へ、さらにさらに日常生活、結婚式,送別会・葬式・歓迎会等々どこででも舞われるといいます。まさにマオリの文化がNZ社会の文化に同化している。

女子ハカ
                            



女子ラグビーのハカ



マオリオールブラックスを知ってますか

 ニュージーランドラグビーには国代表のオールブラックスのほかにマオリオールブラックスという代表チームがあります。マオリの血を引く選手だけによる代表チームです。
 これは現代世界の常識からいえばとんでもないチームです。
 かつて米国では野球のニグロリーグがありました。メジャーリーグは白人だけのもので黒人の参加など認められず。黒人は別リーグでプレイしていたというわけです。黒人初のメジャーリーガーは1947年のジャッキーロビンソン。
 南アフリカ共和国などでも黒人が初めてラグビーの代表入りしたのはアパルトヘイトの白人政権が倒れてマンデラ政権の時、1995年南アフリカでのワールドカップが初めてで,それもたった一人。
 それまではやはり黒人や有色人種は別の場で活動していた。
 明らかに人種差別制度によるものです。
 そうした基準に照らせば“マオリオールブラックス”など完全に時代遅れの先住民差別のチームであるといえる。
 もちろんそれは誤りです。マオリオールブラックスに選ばれプレイすることはニュージーランドラガーにとって何よりの名誉だからです。だから中には外見どう見ても純粋白人だろうってような選手が選ばれマオリ代表として誇り高くプレイする。自分には確かにマオリの血が入っているのだってわけです。
 差別制度下での“代表”であれば、こんなことはあり得ません。


DMダミアン=マッケンジー この顔でマオリの代表

 こうした、ラグビー界を中心とした100年以上前からの“草の根”からの“マオリへの敬意”があって,この国歌の制定につながったとみるべきでしょう。ここで見られるのは、他の先進国の“先住民政策”のような“保護”でも“同化の強制”でもありません。

マオリとラグビーとの奇跡的幸福な出会い

 じゃあなんでニュージーランドだけが100年以上も前から先住民への敬意と憧れを持っていたのか。
 ごく大雑把に言って同じような経緯で建国されたオーストラリアなんか、人類史上最悪の先住民虐殺国家として歴史に名を刻んでいる。先住民の各部族は各地で絶滅していきました。
 
(いわゆる“アボリジニ”、現在は蔑視語として“アボリジニ”はあまり使われない。“アボリジナル”あるいは単に先住民といわれるという)
 そんな時代にニュージーランドマオリだけが白人からの敬意と憧れの対象となる。
歴史をたどればニュージーランドでも、初期の白人入植時代は他地域同様、合法非合法合わせて先住民の土地を収奪して、反抗するものは近代兵器で蹴散らす、と、他の白人入植地と同様の経過を経ている。
 それなのになんでニュージーランドだけがこうなったのか。

 1830年代に英国人のニュージーランド入植が本格化します。彼らは当然生活の一部として英国のスポーツを持ち込む。そこにラグビーという競技があったことはマオリにとって、さらにはNZの未来にとって奇跡のような幸運な出会いであったといえます。
 マオリに限らず周辺の島々、ラグビー界ではパシフィックアイランダー諸国ともいわれるフィジー・トンガ・サモアなどの人々にとってもラグビーはその民族性とすこぶる相性がいいようです。フィジーはリオ五輪で初採用された7人制ラグビーで金メダル、(全種目通じてフィジー初めての金メダルでした)、トンガは世界中のラグビー市場に選手を輸出、サモアはワールドカップでベスト8入りもしている。(当時の国名は西サモア)
 さらにマオリにはもともとラグビーに似たキオラヒという民族競技もあったという。
 そうした下地があったところである日、あるおおらかな英国人がマオリをラグビーに誘う。やらせてみたらこれがやたらうまい。ボールさばきランそして果敢なタックル。
 これがラグビーという競技の特殊性なのだが、自らの体をはって防御するタックルが強い選手はとにかく仲間から尊敬される。
 たちまちマオリたちは英国人入植者たちから仲間として尊敬を集めることになります。1880年代には白人とマオリが普通に一緒にラグビーを楽しんでいたといいます。
 そして代表入り、さらにハカへとつながることになる。
 さらにはこの幸福な関係が両民族の力を最大限に引き出し、小国ニュージーランドは最強のラグビー大国となっていく。
 ここまでは容易に想像でき、納得のいくストーリーでです。

 しかし、じゃあなんでオーストラリアでは同じことが起きなかったのか。オーストラリアに入植した英国人たちだって当然ラグビーは持ち込んだはずです。また“アボリジナル”だって、現在のオーストラリア代表での活躍を見れば民族的相性も良かったはず。アボリジナルはラグビーと「奇跡のような幸運な出会い」ができなかったのか。
 おそらくできなかったのだ。
 英国人のオーストラリアへの入植が本格化したのが1700年代後半、NZとは約半世紀の時差がある。さらには流刑地としての特殊性に加え、広大な大陸で金鉱が発見されゴールドラッシュとなる。        こうした “すさんだ熱気” という背景の中で英国人たちはそもそもアボリジナルを人間としてみていなかったようです。彼らにとってアボリジナルは土地を脅かす“害獣”であり駆除すべきもの、さらには駆除の必要性がないところでもスポーツとしてハンティングする獲物となっていく。
 “駆除すべき害獣”をラグビーに誘う人など現れません。

 こうしてオーストラリアにおけるアボリジナルの歴史をふりかえれば、改めてNZにおけるマオリとラグビーとの出会いが奇跡的幸運であったのがわかります。
 もしNZに金鉱でもみつかれば、あるいはNZに入植したのが野球やバスケを携えた米国人であったなら(歴史考証はナシ)その後のマオリとNZの歴史は全く異なったものになっていたでしょう。
 実際、NZの英国人たちだってサッカーやクリケットも持ち込んだだろうにマオリたちは見向きもしなかった。これは他のパシフィックアイランダー諸国も同様です。
 (現在のサッカーNZ代表を見てもラグビーと比べ、圧倒的に白人系が多い。ただ、それでもハカを舞ったりするのだが。)
 南米諸国にスペイン人ポルトガル人がサッカーを持ち込んでダントツ人気スポーツになったのとは対照的です。スポーツと民族的相性というのは確かにある。


 なんにせよこのニュージーランドの例、ラグビーを媒介として築かれた白人と先住民との幸福な関係、は世界の白人社会の中にあってあまりにも特殊すぎて100年以上世界に広まることも、少しの影響を与えることもなかったといえます。
しかし。


南アフリカ共和国の国歌を知っていますか


 1994年、アパルトヘイト(人種隔離政策)を掲げた白人政権が国際的圧力により退陣します。
 そして初の全人種参加の普通選挙により、27年間の獄中生活から釈放された黒人のマンデラが大統領に就任しました。27年間!
 世界中の多くの例ではこういう場合、“報復政治”が開始されます。黒人は人口的にも圧倒的多数を占めるわけだからやろうと思えば簡単です。民主的多数決で何事も決めればおのずと黒人優先の政策になる。しかしマンデラはそれをしなかった。
 象徴的なのが新国歌の制定です。マンデラ政権は白人政権時代の国歌を廃止せずに、以前からあったアフリカの黒人解放を歌った “神よ、アフリカに祝福を” と合体させました。ここに前半は先住民の言葉、後半にヨーロッパ語から派生したアフリカーンス語と英語で歌う南アフリカ共和国の新国歌が誕生します。この構成はNZ国歌にそっくりです。正確には合わせて5つの言語で歌われます。もちろん先住民の言語の部分でも白人もともに大声で歌います。この光景もNZ国歌斉唱時にそっくり。
 マンデラの人間性が“民族の対立ではなく融和を求めた結果なのだ”といってしまえばその通りなのだけれど、私はやはりこの国歌もこれに象徴される融和政策もNZの影響であるとしか思えない。ニュージーランドという成功例を現実に目の当たりにしたからこそである、と。

 現代史上最悪の人種差別国家である南アフリカ共和国と、現代史上最上の人種間融和国歌であるNZがともにラグビーを国民的スポーツとし、世界の2強ともいえる位置にいるのは歴史の皮肉です。いや今となっては歴史の幸運だったといえるかもしれない。
 まだワールドカップがない時代、ラグビーの国際試合といえば、代表チームの長期遠征でした。世界の2強だった両国は互いに遠征をしテストマッチ(国代表の公式戦)を繰り返していた。しかし1948年に南アフリカで“アパルトヘイト”が施行され人種差別が“合法化”されると両国のラグビー交流もドタバタ化してゆきます。
 なにしろアパルトヘイト法では異人種間のスポーツ交流は禁止と明文化されたりしているわけです。
 このように人種政策・民族政策では両極端の両国ですが、一方で強い相手と対戦したいのは競技者の本能でもあります。で、起こったことといえば、南アはNZに、白人のみの代表(マオリ抜き)での遠征を要求する、NZ協会も試合やりたさでついこれに応じてしまう。これに対しNZ国民からは大ブーイグ、これに懲りてNZがマオリを含めた代表派遣を決定すれば、南アはマオリを“名誉白人”としてつじつま合わせをする。これに対し南アとのスポーツ交流を禁じていた国際社会は激怒。特にアフリカ諸国はモントリオールオリンピックボイコットへと発展します。  

 そんなこんなのごたごたの中、はっきりしているのは、現実の交流・試合があろうとなかろうと、南アの隣には常にNZが存在していたという事実です。マオリの代表入りにこだわるNZ、試合前にハカを舞うNZ、そして1977年以降は白人もマオリ語で国歌を歌うNZが常にすぐ隣にあった。
 マンデラ達、良心的南アフリカ人たちは当然こう思ったでしょう。
 “いつか我らの南アフリカもこういう国にするのだ。先住民と白人がともに尊敬尊重し、文化も国歌も分かち合う国に”と。
 こうした思いがマンデラ政権で一気に開花したと考えるのは決して不自然ではないでしょう。

ムタワリラ








テンダイ=ムタワリラ
南アフリカラグビーの国民的人気者
彼がボールを持つと観衆が“ビースト”と叫ぶのがオキマリ。
もちろん白人も一緒に叫ぶ。





ラグビーオーストラリア代表(ワラビーズ)の新ユニフォームを知っていますか。

 去年10月のニュージーランド・オーストラリアのラグビー定期戦(ブレディスローカップ)において,
ワラビーズの新ユニフォームが披露されました。そのデザインはアボリジナルの伝統模様(おそらく入れ墨)をモチーフにしたものでした。さらに試合前地元市長のスピーチはブーメランを手に先住民の言葉を交えて行われ、先住民が長年ワラビーズに貢献してきたことをたたえるものだった。
 少しでもオーストラリアと先住民の歴史を知るもにとっては涙なしでは見られないシーンでした。
 その上試合結果はオーストラリアが勝利!2015年以来、対NZ6連敗中だったのに!2017年の第2戦は8トライを取られる惨敗だったのに!
 これって完全にアボリジナルジャージの効果なんじゃないんだろうか。NZの歴史と同様、幸福な関係は最大限の力を引き出す!


ワラビーズ
                   ワラビーズの新ジャージ

 残念ながらこのユニフォームは一回限りの記念ジャージだったようだが。
 なんにせよオーストラリアの白人社会にも100年以上遅れてNZの思想が影響を及ぼしたということでしょう。オーストラリアもラグビー強国としてやはり何度もテストマッチを経てハカやNZ国歌を目の当たりにしていますから。
 その上“結果”も出してしまうなんて!

 異民族憎悪は決して人類の本質なんかじゃない。 
 NZは100年以上、確かに特殊な社会だったけれども、その異民族融和の精神は南アフリカとかオーストラリアとかに、ラグビー文化とともにホンの少しづつだけど広がりを見せています。 

<オマケ> 
 NZにおける少数者への敬意・尊重は決して民族関係だけにとどまっているのではない。      
 NZの公用語は英語とマオリ語とそして手話!
 つまり公共の場所ではこの3つの公用語が表示されることが法的に義務付けられているのだ。
 少数派への何たる敬意、尊重!
 また最近ではNZの女性首相が産休を取り議場での授乳が認められたことが話題になった。こうした事例もこの流れの中にある、と私は考える。
 百数十年前のマオリとラグビーの奇跡的幸福なな出会いがNZ社会にここまで影響を及ぼしている。

〈続報〉
この記事を書いた翌年3月、NZクライストチャーチで銃乱射事件が発生。
犯人は「白人至上主義」のオーストラリア人だった。NZの「異民族融和社会」が許せなかったという。だがNZ社会は負けない。事件後のNZ人、NZ社会の行動がまたすごい!
やっぱニュージーランドの「異文化尊重精神」は桁外れだ。
スクリーンショット 2020-04-30 14.15.30


















クライストチャーチ追悼集会にアーダーン首相は自らイスラム式のスカーフをまとい演説。

「預言者ムハンマド、平和が彼の上にありますように。(しかもたぶんまずアラビア語で!)」
キリスト教徒(であろう)首相が普通こんなことは絶対言わない。
参加者はイスラム式に膝をついて礼拝・追悼。
各国女性首脳や夫人がイスラム圏の国でスカーフをまとうことはある。だがキリスト教圏の首脳が自国で「異教徒」の形式に倣うなんて聞いたことが無い。
キリスト教西側社会からは「そこまでするな」との批判も寄せられているという。だがNZではこれが当然のように受け入れられる。
フランスなんかブルカやブルキニ(ムスリム女性用の水着)の着用を法律で禁止したりしているのだ。
そして地元高校生による先住民の舞「ハカ」による追悼。
繰り返しになるがニュージーランドの「異文化尊重精神」はホントにすごい。



                                         ひつじ2











 




 


          
なんかNZならありえそうな気がしてきませんか。
 
<追記1>

 ただし、“みんなでNZを見習えば世界は平和になる”というようなノーテンキな精神論・根性論を言っているのではありません。念のため。

 <追記2>
 ただしNZといえど決して“地上の楽園”ではありません。現実社会の中で卑劣な人間はどこにもいて“マオリ差別”とも言える事例が少なからず存在していることは事実としてあるようです。念のため。
  例えば養護施設で暮らす子供の人口比はマオリの子が多く、またその中でも里子や養子として迎えられる子も、外見“白人系”の子が優位に立つとか。
こうした「現象」はマオリと白人系との間の「経済格差」「雇用格差」「教育格差」の反映と見るべきでしょう。

<追記3>
 南アフリカでもアパルトヘイト廃止から20数年、「融和政策」により白人の大土地所有などが温存されたため、人種間の「貧富の差」が温存され格差が固定してしまったことが問題となっているという。


 この記事で記したことはすべてまぎれもない“事実”ですが、物事には同時に常にそうした“負の側面”もある事は記しておきたい。
 世の中にあふれる多くの“情報”の中には“自分の思想信条”に都合のいい側面だけを紹介してジャンジャン、てやつがあふれているようです。世の中そんなに単純じゃない、ってのが私の信条でもあります。



                                                     

↑このページのトップヘ